第102話 憂国 その2
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渡すだけで終わった。
正確にはチェン秘書官が連絡して三〇分も経たないうちにトリューニヒトから直接俺のオフィスにヴィジホンで、今日は同じ与党でも別の派閥の幹部連といろいろ話があって帰庁がおそくなるので、執務室にいる若い秘書にファイルを渡しておいてほしいと連絡があった。
「確かにお預かりいたしました」
深い知性を感じさせる瞳とモンテイユ氏並のカモメ眉のアンバランスにも驚かされたが、それよりも若くて張りのある顔つきにもかかわらず、声が実に深いローバリトンなのには驚いた。俺より少しだけ背は高く、チェン秘書官と同じ豊かな黒髪を奇麗にスリックバックスタイルに纏めているので、一見するとスポーツ系俳優にも見えるが、深みのある藍色の濃い瞳がただの青年ではないと思わせる。
「ヴィクトール=ボロディン中佐のお噂は、トリューニヒト先生から常々伺っております」
「あ、そうですか」
「あ、あぁ、すみません。私としたことが。大変失礼を。自己紹介がまだでした」
笑顔を浮かべる好青年は頭を右前に傾け、セットした髪を撫でつけた後で、ピシッとアイロンの掛かった俺でも知っているブランドのスーツから名刺を取り出した。
「ハワード=ヴィリアーズと申します。先々月よりトリューニヒト先生の私設秘書を務めております」
「こちらこそ失礼いたしました。国防政策局戦略企画参事補佐官のヴィクトール=ボロディンです」
議員秘書の名刺と軍人の名刺は共に味もそっけもない定型。しかもお互いに手慣れた作業なのに、お互い年齢が近そうということで何となく可笑しさが溢れて、お互い苦笑が漏れる。
「先生は国防委員会理事ですので、軍人の方々にも多く会うのですが、あまりに多すぎまして正直覚えきれませんで。名刺交換もほんの一瞬ですから、まだ顔と名前が一致しないどころではないのですよ」
大変失礼しましたと、ソファに座ってから改めてヴィリアーズ氏は頭を下げた。
「ちょっとした縁故があって先生のところでお世話になることになりましたが、ハイネセンは人が多すぎまして来たばかりなのにもう故郷が恋しく思っております」
「失礼ですが、ご出身はどちらで?」
「ポレヴィトです。商船はいっぱい通りますが、みんな燃料補給で立ち寄るだけです。燃料生産と応急的な船舶補修以外の産業に乏しく、なかなか豊かになれない辺境星域ですよ……」
そう言うと、ヴィリアーズ氏は、はぁ、と肩を落として深い溜息を吐く。
「商船を狙う宇宙海賊も山ほどいます。ですが警備艦隊の数は少ない。主星系であるルジアーナには艦隊の根拠地があるのでまだマシですが、二次航路・三次航路の安全率は目を覆わんばかりです……あ、そう言えばボロディン中佐は、以前ケリムとマーロヴィアで警備艦隊にお勤めだったとか」
「ええ、まぁ」
「もし機会が
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