閑話3 きれいな戦慄 【第100話記念】
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「おはよう」
「おはよう」
女性らしからぬ低い声の朝の挨拶が、未だ夜霧の晴れない暗い曙空にこだまする。
ミネルヴァ様のお庭に集う乙女たちは、今日も泣いたり笑ったり出来そうにもない無表情で、学生舎の前に整列する。
教練と学習で鍛えられた心身を包むのは、薄緑色の制服。
スラックスの裾は乱さないように、制服上着の袖を翻さないように、規則正しく足並み揃えて歩くのがここでのたしなみ。
もちろん遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない候補生など存在していようはずもない。
だいたいそんなことしたら、総員腕立て用意の声が待っている。
自由惑星同盟軍士官学校第一女子学生舎 通称『薔薇舎(メゾン・ド・ラ・ローズ)』
宇宙暦五六〇年創立のこの学生舎は、それまで国勢拡大のために国防任務に就くことが許されなかった女性の参画を目的につくられたという、幾つかある女子寮の中でも最も伝統ある学生舎である。
テルヌーゼン市内。地上戦演習場の面影を若干残している緑多いこの地区で、軍神に見守られ、一般教養から軍事教練まで一貫した教育を受けるメスゴリラ達の園。
時代は移り変わり、二〇〇年以上経った今日でさえ、五年間棲み続ければ、『ある意味では』温室育ちの純粋培養メスゴリラが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な場所である。
彼女――、ジェイニー=ブライトウェルもそんな平凡なメスゴリラの一人だった……はずだった。
「第〇三〇〇区隊、ブライトウェル一回生! 分隊より外れ!」
入校より二ヶ月が経過したある日。他の学生舎ではとうに時代遅れとして廃止されている、士官学校キャンパスに向かうまでの課業行進の途中で、ブライトウェルは背後から呼び止められた。
課業行進中に名乗らぬ相手から声をかけられたところで、本来歩みを止める必要はない。だがその鋭く響く声が旧知の上級生のものだったので、ブライトウェルは言われた通り僚友区隊の行進から外れ、無言で駈足にて来た道を戻っていく。慌てず騒がず、スラックスに皺など寄せぬよう、それでいて可能な限り早く。
そして相手の顔を真っすぐ捕え、腕を伸ばした長さまで近づいたら、直立不動。背筋を伸ばし、顎を引き、学生鞄を地面に置いて、右肘を地面に水平、右手は伸ばして蟀谷に。入校前の入舎式以降、一週間で徹底的に鍛えられる、基本動作。
「はい。ブライトウェル一回生、参りました」
「休め」
「はい」
何の用か、と問い返すことはしない。上級生から問われるまでは、必要以上に口を開いてはいけない。容儀点検は済ませたばかりでありながら、しかめ面で直立不動の自分の周りをジロジロ見ながら一周したとしても、だ。
「……ブライトウェル一回生。貴官に聞きたいことがあ
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