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いなくなったと認められない
第二章

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「今も言われましたし」
「随分可愛がっておられるんですね」
「はい、亡くなりましたが」
「えっ、そうなんですか」
「実は終戦直後喧嘩を止めに入って」
 その人は牧子に悲しい顔で話した。
「私は復員してきたんですが働けなくなって傷痍軍人の年金で暮らす様になっていたんですが」
「その人はですか」
「いい奴で本当に親想いで兄弟想いで」
 牧子にその悲しい顔のまま話した。
「面倒見もよくて困っている人を放っておけなくて」
「それで、ですか」
「飲み屋での喧嘩も止めに入って」
「そこで、ですか」
「刺されて。物凄く痛がって」
「そんなことがあったんですね」
「母が一番可愛がっていたんですよ」
 美坂の言う通りにというのだ。
「そうだったんですが兄弟で最初にです」
「そうでしたか」
「兄弟は私と私の下に女が五人いて皆健在ですが」
「皆さん定期的に来られてますね」
「ですが一番下の弟だけが。それでもは母一番可愛がっていたので」 
 だからだというのだ。
「歳を取って弟が死んだことをです」
「認められなくなった、いえ」
「認められなくなったと思います」
「そうなんですね」
「はい、どうか頷いて下さい」 
 牧子に言葉でお辞儀をして話した。
「母に。今もきっと弟と一緒にいますんで」
「生きていると思われていて」
「そうですから。何も言わずに」
 そうしてというのだ。
「頷いて下さい」
「いい息子さんだと」
「お願いします」
 牧子に深々と頭を下げて頼んできた、その申し出を受けてだった。
 牧子も頷いた、ホームの他の職員達もそうしてだった。
 美坂の言葉に笑顔で頷く様になった、そしてだった。
 美坂は百歳で大往生を遂げるまで末の息子さんの話を笑顔でした、そして臨終の時はお子さん達全員に別れの言葉を告げて。
 最後は末の息子さんに告げて世を去った。その死に顔は実に安らかなものだった。平成になって暫くのまだ戦争の中を生きた人達が多くいた時代の話である。


いなくなったと認められない   完


                    2024・2・20
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