第一章
[2]次話
いなくなったと認められない
とある老人ホームで暮らしている老婆若槻美坂はよく末の息子さんの話をした、それもまるでそこにいる様にだ。
「本当にいい子なのよ」
「どの子も可愛いけれどあの子が一番下でね」
「ついつい甘やかして」
「甘やかしてもいい子でね」
「親想いの兄弟想いのいい娘なの」
「あの、若槻さんって」
ホームの若い職員の一人中島牧子は先輩に戸惑いつつ言った、一五〇程の背で大きな黒目がちの目と波立った感じのピンクの唇にやや面長の白い顔で黒髪を長く伸ばしている。
「末の息子さんのことだけ」
「言うね、普通なのに」
「九十でもですよね」
「まだしっかりしているよ」
先輩は牧子に答えた。
「だから他のことはね」
「普通ですよね」
「そうだけれどね」
「認知症がですよね」
「やっぱり見えるね」
「末の息子さんのことだね」
「随分可愛がっておられたみたいだね」
牧子にこのことも言った。
「どうやら」
「それで今も一緒におられる様にですね」
「言うんだね、けれどその人はね」
「来られないですね」
「他のお子さん達は時々来てもね、どうしたのかな」
「わからないですね」
牧子は内心その末の息子さんは実は冷たい人で見舞いに来ないのかと思った、だがある日美坂のお子さん達の中で一番年長の人、長兄であるというその人が来てだ。
美坂と会ってお土産を渡したり色々と話した、そこでこの人も末の息子さんの話を聞かされてたがうんうんと笑顔で頷いていた。
その後でだ、牧子はその人に聞いたのだった。
「若槻さんいつも末の息子さんのこと言われるんですよ」
「ええ、知ってます」
六十五歳位の落ち着いた整った雰囲気の人である、面長で白髪も似合っている。
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