暁 〜小説投稿サイト〜
戦国御伽草子
壱ノ巻
毒の粉

[1/4]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
「あー!」



あたしはそう無駄に叫んで(ふすま)の上を仰向けに転がった。乱れた合わせをなおしながら、ふうと息をつく。



今日は大変な日だった…。



傷は兄上が不振がられない程度に治してくれたから、きっと痕は残らないだろう。



ただ、髪はそのままだ。不揃いなところは兄上が小刀で綺麗に切ってくれた。見た目は前と比べてそんなにはっきり変わったわけじゃないけれど、やっぱり、なんか寂しい。外見が普通といわれるあたしにとって、髪が綺麗ってのは結構な自慢だったんだけどな。



まぁ、命あってのモノダネだから、髪で済んでよかった、って思うべきなのかもしれないけど。



ふと、ぎらりと光る刃を思い出して、あたしはすっと体が冷たくなった。



本当に、今から考えても、よく、助かった、わよね…。



相手は確実にあたしを殺すつもりだったろう。



やっぱり、高彬(たかあきら)か兄上あたりに稽古つけてもらおうかなぁ。戦の世であればいつまたあんなことが起きるかもしれない。



「………」



あたしはむくりと起き上った。



そういえば、兄上は霊力(ちから)であたしを治してくれたけれども、人を(おち)させることは、肉体的に酷く疲れてしまうのだと昔言っていた。この世の(ことわり)に反するものだから。最近はそんな派手な怪我をすることもなかったから治してもらうような機会もなかったし、さっきの兄上は治し終っても別段普通にしていたから、今まで気にしてなかったけど…。



もしかして、無理してたんじゃ…。



兄上の霊力のことは姉上様も知らないという。心の優しい兄上だったらあたしを気遣って平気なふりするぐらいやるだろうし、そしたらきっと誰も気づかないじゃない!ああもうあたしの馬鹿!なんでこんな大事なこと忘れてたの!



考えれば考えるほど不安になってきて、あたしは足早に自分の室を出た。



焦りから、兄上の室に向かう足は段々はやくなる。



けれど、半分ぐらいまで来たところで、あたしはゆっくりと足を止めた。



気軽に遊びに行っていた昔とは、もう、違う。兄上は結婚して、姉上様と同じ室にいるはずだ。



そんなところに、こんな夜に、いきなりあたしが行っていいわけがない。



そもそも、本当に体調が悪くなっていれば、兄上がいくら隠したとしても誰かしらが気づいてしまうだろう。今あたしが騒ぎ立てるまでもなく。



立ち止まってしまえば足の裏に縁の冷たさがじんと()みた。静かに冷えた秋の夜の空気は指先から温もりを奪っていく。




[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ