第96話 狐の新しい職場
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別に撤回しなくてもいいし、意志に反して否定する必要もないが、少なくとも私は好意的にはとらない」
「……」
「貴女も善意でそう言っていると思うが、民主主義とか法治主義とかそういった原理原則・建前の話じゃなく私のちっぽけな、だが譲れない信念だ」
そういった信念がこちらの世界では不利益に働くのは想像に難くない。軍も政府も自らの組織維持の為にヤンを持ちあげリンチを貶めた。品性の低下した報道機関がそれに乗っかり、面白半分にアイリーンさんやブライトウェル嬢をスケープゴートにし、それを大衆が見て愉しむ。大衆に支えられている政府はその趣向に反することはしにくい。
「こちらの世界の機微など全く知らないから、貴女から教わることも多くあるし頼りにもしているが、私の本質は『平和主義者の戦争屋』だと理解しておいてもらいたい」
先に言っておけば、少なくともバカではない彼女ならわかるだろう。それで俺の秘書官という職務にこれからどう向き合うかは彼女の自由だ。時に狡知に言葉を選ぶ必要は理解しているが、直言こそが必要な場面もある。今は間違いなくその時だろう。
「『平和主義者の戦争屋』とは、知性の乏しいわたくしには到底理解できない代物ですが、中佐のご信念に関しては少し理解できたと思います。ですが……」
チェン秘書官はコーヒーカップを皿に戻すと、小さな唇の上に残ってもいない珈琲を右手小指の先で拭うように動かしながら、俺に向かって流し目を送りつつ言った。
「フェザーンの小娘よりわたくしの方が中佐のお役に立てることは、これからじっくりと教えて差し上げますわ」
僅かに開いた両唇の隙間から、スプリットタンがこちらを覗いていたのは見間違いではなかった。
◆
「やれやれ。中佐もホドホド、奇妙な運命の神様に魅入られてるんですな」
ハイネセン市でも中心部から少し離れた商業地区の一角。高級でもなければ場末でもない。二〇代から三〇代の若年労働者でも、些か財布には痛いがなんとか支払うことができると評判の中堅レストラン『ドン・マルコス』。ワインというか酒全般に一家言ある旧知の情報将校は、俺の注文の対価としてその店の特上フルコースを要求してきた。
「アナタが何かを為さんと動く時、周囲がみんな引き摺られ、実力以上の事を成し遂げてしまう。それで余計なものまで引っ張ってきて、予想した未来の斜め上に事態が進行してしまう」
まずは一献と言わんばかりに、俺のグラスにワインを注ぐバグダッシュの顔は、いつものようなニヒルさに混じって若干の歓喜の成分が混じっていた。フルコースについては俺の払いだが、ワインについては今回専門の自分が払うと言っていただけに……
「賭け事にでもなってるんですか?」
「胴元はモンティージャ大佐で、情報部では今のところカーチェント大
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