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『彼』とあたしとあなたと

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気が変わった気がして、日紅はどきりとする。



「…」



 なぜか、日紅は汗がじわりと滲むのを感じた。



 犀が次に何を言うのか、そのくちびるの動きを、必要以上に意識する。



月夜(つくよ)…」



「ぇ…?」



 蚊の鳴くような声が日紅の薄く開いた口から漏れる。



 犀はそれを一瞥(いちべつ)すると、視線を前に戻して、言った。



「月夜のこと、どう思う」



「どう、って」



 日紅はもごもごと口ごもった。答えが出てこないのではない。日紅は何かに圧されている。それに追われて、声が日紅の奥のほうへ逃げ込む。隠れてしまう。だから、声が出ない。それは所謂プレッシャーというものかもしれない。



 それを与えているのは、間違いなく犀。



「す、好きよ」



「ふぅん」



 犀がまた唸るように答える。



 日紅は困惑していた。犀が、変。何かおかしい。ここにいる犀は、日紅の知っている犀ではないような気がする。



「犀…?」



 犀を見上げても、犀と目線が交わらない。犀は前だけ見て、歩いてる。



 なにを見てるの?犀…。



 日紅は悲しい。犀と見ているものが変わってしまった。考えていることが変わってしまった。昔とは違う。一緒に笑い合っていたころはこんな遠いものを見てはいなかった。



 いつから距離が開いてしまったんだろう。肩が触れ合うほど隣にいるのに、犀がこんなにも遠い。



「おまえ、何も気づいてないの?」



「ぇ…」



「日紅」



 犀は日紅の名を呼んで、それからゆっくりと日紅を見た。犀の目が夜闇と共に日紅を映した。



 犀は瞳に黒い光を湛えて言った。



「わかってないよな、おまえ。なんにも」
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