第一章
[2]次話
その頃生まれてなくても
根室寿は幸せの絶頂にあった、その理由は彼という人間を知っている者ならば誰もが即座にわかることだった。
「阪神日本一になったからね」
「こんなに嬉しいことはないよ」
寿は自宅で妹の千佳に満面の笑みで応えた。
「いやあ、よかったよ」
「日本一になった時におめでとうって言ったから言わないわね」
千佳は冷めた目でこう返した。
「言うのは一回でいでしょ」
「こうしたことはな」
「そうよね」
「僕もカープ三連覇の時言っただろ」
「おめでとうってね」
「毎年な、お前はリーグ優勝の時も言ってくれてな」
そうしてというのだ。
「日本一になった時も言ってくれたからな」
「それぞれね」
「充分だ」
「そうよね」
「ああ、有り難うな」
「お礼はいいわよ、しかしね」
千佳は兄にあらためて言った。
「本当に嬉しそうね」
「生きていて一番嬉しいかもな」
「テストで学年一位になった時よりも?」
「もっとな」
「そこまでなのね」
「そりゃ一位になった時は嬉しかったよ」
寿は中二の二学期の期末テストの時のことを話した。
「けれどその時だけでな」
「一位になったのは」
「あとは全部普通だからな」
「中等部の特進科でね」
「そうだからな」
「普通って順位いいでしょ」
妹は兄の成績のことを知っていたので冷静に述べた。
「いつも十番以内だから」
「それでもな」
「あそこじゃ普通なの」
「特進科はな」
自分がいるクラスはというのだ。
「そうなんだよ」
「よくわからないわね」
「まあそこに行けばわかるよ、兎に角な」
兄は妹にあらためて話した。
「僕としてはな」
「自分のことよりも」
「阪神が日本一になった今の方がだよ」
「嬉しいのね」
「そうなんだよ」
満面の笑みでの言葉だった。
「何白三十八年ぶりだぞ」
「日本一になったのは」
「どれだけ長かったんだ」
「昭和六十年だったわね、前は」
「西暦で言うと一九八五年だな」
「そうだったわね」
「あの頃に日本一になって」
そうしてというのだ。
「阪神はそれからな」
「日本一になってなかったわね」
「本当に長かった」
兄はしみじみとして言った、目は強く閉じられている。
「思えばな」
「いや、それ言ったらね」
千佳はその兄に即座に突っ込みを入れた。
「カープはね」
「最後の日本一その前年か」
「昭和五十九年よ」
「西暦で言うと一九八四年だな」
「だからね」
その年から考えると、というのだ。
「もうね」
「三十九年か」
「阪神より長いのよ」
「そうなったか」
「お兄ちゃんがそこまで喜ぶならね」
それならというのだ。
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