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渦巻く滄海 紅き空 【下】
七十五 いつかの居場所
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いるのか、それすら興味なさそうだった。
それよりも目的地へ早く向かおうと逸る気持ちが先行しているように思えた。

てっきり里を一望できるベンチにでも座るのかと思ったが、彼女はそのベンチを通り過ぎ、ある場所へ向かっていた。
彼女が何処へ向かっているのか、アカデミー教師であるイルカはすぐにわかった。

何故其処へ向かっているのか怪訝な気持ち半分、ナルを素直に心配する気持ち半分だったが、正確には心配のほうが割合が多い。そんなイルカの心配をよそに、波風ナルは目的地に辿り着いていた。





其処はイルカにとっても馴染み深すぎる場所。
かつての幼い波風ナルの特等席だった。







いつから其処にあるのかはわからない。
昔は確か、無かった。

波風ナルがアカデミーに入学する、少し前に、いつの間にかぶら下がっていた。
アカデミーの教師がつくったわけでもなく、心当たりのある者は誰一人いなかったが、大方、生徒の誰かの仕業だろうと放置していたモノ。

アカデミーの正門前が一望できる、少し離れた大樹に繋がれたブランコ。
いつだって孤独だった当時のナルの唯一の居場所とも言える思い出の場所だ。



今でも眼を閉じれば瞼の裏に蘇る。
アカデミーから少し離れたところから、友達を親子を家族を、見つめている幼いナルの寂しげな顔。

遠くから見つめているだけなのに、入学式を祝う親子から、卒業式で我が子を迎えに来た家族から、ナルはいつだって酷い陰口を叩かれていた。
アカデミー教師の耳にも頻繁に届いていた、よくある光景。

それでも、どんな酷い陰口を叩かれてもどれだけ敬遠されても、他の親子や家族を見つめる波風ナルの瞳の青には怒りも苛立ちも憎しみを恨みも感じられなかった。


あるのは、ただ、家族への憧れの色と、そしてどうしようもない諦観の色だった。
それをイルカはずっと憶えている。
あの時、見て見ぬふりしか出来なかった己への悔しさをよく憶えているから。




ふらふら、と目的地に辿り着いたナルは、窮屈そうにブランコに腰を下ろした。
今ではすっかり小さくなったブランコから、彼女が随分大きくなった事実を改めて思い知る。

それでも、ほっと一息つける居場所に座り込むと、ナルはぼんやりと項垂れた。
その姿を遠目で確認したイルカの瞳には、かつていつもひとり寂しくブランコに座る幼いナルと、今の彼女の姿が重なって見える。

あのブランコだけが当時のナルの居場所だった。
仲間が増え、友達が増え、理解者が増えた今でも、ナルにとっての居場所はあのブランコなのか、と思い至って、イルカの心の奥が痛む。

更に、彼女は泣いていた。
ナルの性格上、泣く時はわんわんと派手に泣きそうなイメージだが、それ
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