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渦巻く滄海 紅き空 【下】
七十二 光と闇
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を振るわれているのに、今の墜落で首の骨が折れていてもおかしくないのに、幼子は平然と緋色の絨毯に佇んでいた。

真っ赤な彼岸花の中央で金の髪がやけに映える。
箱庭的な美しさすらあった。
その様は美しい花畑に降りた天使のようにも、或いは黄泉路へ誘う化生のようにもミズキには見えた。

その瞳の蒼と、目が合う。


子どもは見ていた。
ミズキに見られていることを知っていた。

知っていながらあえて放置していたのだ。
何が目的なのか定かではなかったから泳がせておいた。
故に忍びに崖から突き落とされたのもミズキと接触する為。

風遁で落下の衝撃をやわらげ、殴られた痕も折られた骨も破裂した内臓も、瞬く間に医療忍術で完治させる。
咲き乱れる彼岸花の中で子どもはミズキと向き合った。



「みのがしてやったのに、なぜおれをみる」

子どもは表情がなかった。

「おれを殺すきかいをうかがっているのか。ざんねんだったな。そんなきかいは永遠にこない」



温度のない眼差しがミズキを見遣る。
美しく冷たい蒼だった。
あの炎の蒼と同じ。

ミズキの心を捉えて、瞳に焼き付いて離れない。



「聞きたいことが、あるんだ」

ごくり、と生唾を呑み込む。
子どもと真正面から対峙して、身体の芯から震えあがる感情を、ミズキは押し殺した。

「何故…何故なんだ?何故、君は甘んじて暴力を受けている?」


ずっと見ていたからミズキは知っている。
九尾と同一視する里人から忍びから、抵抗ひとつすることなく。
理不尽な言いがかりも暴力も迫害も全てを呑み込み、一身に受けている子どもの日常を。

「何故だ?君ほどの力の持ち主ならアイツらに屈せずとも…」

ミズキの問いに対して、子どもは酷くつまらなそうに答えた。



「……このさとをほろぼすのはかんたんだ」
(里人ではなく里ときたか…)

ゴクリ、と再度、ミズキの喉が鳴る。
あどけなく拙く可愛らしい声音で淡々と答えるそのアンバランスさが、不気味を通り越して、ミズキにはもはや崇高なものとすら思えてしまう。


「だがそれではおれの…かたわれの居場所がなくなってしまう」

一瞬、子どもの感情の無い瞳の蒼に、強い意志が浮かんだ。

「あの子の居場所をうばうわけにはいかない」


決意の色が浮かんでは瞬く間に消える。
けれど確かに初めて子どもの感情に触れて、ミズキはその色に縋るように訊ねた。


「それは…君の、」
「……しゃべりすぎたな」

ふい、と蒼の瞳を逸らされ、ミズキは落胆する。
あの瞳に自分を認めてもらいたかった。

次にミズキが瞬きする時には、子どもの姿は彼岸花の緋色に溶けて、消えていた。


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