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渦巻く滄海 紅き空 【下】
七十二 光と闇
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う…大方、そいつらにやられたんだろうよ」
「どっちでもいいさ。巻物を盗むついでに九尾まで手に入れられるとは一石二鳥じゃねぇか」

九尾の狐。
かつて木ノ葉の里を襲った化け物の爪痕は、未だに里人の心に深い傷を残している。
ミズキの友達のうみのイルカも、そのひとりだ。

九尾の狐から里を守る為に両親が殉職し、孤児となったイルカは普段わざと明るく振る舞っているが、その実、両親の墓の前で泣いているのをよく見かけている。

九尾により多くの里の人間の命を奪われた故に、その憎悪の矛先は当然、九尾をその身に宿す宿主に向けられる。
たとえ、それが幼子でも。


歳のころは二歳くらいだろうか。
栄養失調なのか、細すぎて正確な年齢は定かではないが、どちらにしても木ノ葉の危機だというのが、ミズキにも理解できた。

九尾が他の里に渡れば、戦力を奪われるも同然。
なんとしても未然に防がなければならない。

震える恐怖を押し殺して、いよいよ火影へ一刻も早く報告しなければ、とミズキが己の身体を叱咤した、その時だった。






「……なんだ」

里人から暴力を振るわれ、ボロ雑巾のように打ち捨てられていた幼子の眼が開く。
蒼く碧く深く沈んだ海よりも暗い双眸の藍が、小さく瞬いた。



「おまえら、木ノ葉のにんげんじゃないのか」
じゃあ、いいか。



あどけない声だった。
幼く、可愛らしい、無垢そのものの声音だった。


しかしながら、その瞬間。

幼子を取り巻く忍び達の命が事切れた。








茂みから見ていたミズキも、いや、殺された忍びでさえ、今、何が起きたのか理解できていなかったろう。

瞬きひとつする間もなく、忍びのひとりの首がスパンっと胴体から引き離され、四肢が吹き飛び、夥しい量の血が迸る。
複数の忍びは呻き声も断末魔も、なにひとつ抵抗せず、声すらあげる暇もなく、自覚なしに死んでいた。

血の泉の中心で佇む幼子と、茂みで息を潜めるミズキだけがこの場の生存者だった。



血の水溜まりを踏み散らす。
されどその身には返り血さえ浴びておらず、綺麗なものだった。

血の池地獄を生んだ幼子が印を結ぶ。
その瞬間、蒼い炎が地面を舐めるように沸き上がった。
死んだ忍び達の血肉も骨も痕跡も、生きてきた証でさえ、その青い炎が呑み込んでゆく。

その炎の蒼に、ミズキは魅入られた。
見惚れるほど、鮮烈で美しく力強い青き炎。


炎上した炎の青は瞬く間に、死体を喰らい尽くす。
あれだけ充満していた血臭ですら、もはや無臭と化しており、今の出来事は全て夢幻だったのかと錯覚してしまうほどだった。

けれど、あの幼子だけは本物だ、と全身が震えた。

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