第一章
[2]次話
ノスタルジックロマンス
結城猛は九十歳になる、顔は皺だらけで落ち着いた表情で背中はやや曲がり髪の毛も殆ど残っていない。
身体全体に年齢が感じられ如何にも九十歳といった感じだ、だが。
彼は横浜の海の前にいてだ、付き添っている曾孫の高校生の真之介面長で顎の先が尖っていてきりっとした目に細く一文字の眉に引き締まった唇と茶色にしたショートヘアで今時の若者のラッパーを思わせる格好の彼に言った。
「ここにはずっと来てるな」
「ずっとか」
「ああ、若い頃からな」
その頃からというのだ。
「二十代の頃婆さんとここで待ち合わせて遊びに行ったな」
「ひい祖父ちゃんの若い頃か」
「ああ、婆さんもその頃はモカだったんだ」
「モカ?」
「知らんか、あの頃のアメリカ映画みたいなお洒落をしたな」
そうしたとだ、猛は真之介に一緒に船が行き交う海を観つつ話した。
「そうした人をな」
「モカって呼んだんだな」
「それでわしはモダンだった」
「ひい祖父ちゃんはそっちか」
「そうだった」
まさにというのだ。
「スーツを着て決めてな」
「ひい祖父ちゃんはスーツか」
「そうじゃった、懐かしいな」
「想像出来ないな」
こうもだ、彼は言った。
「俺には」
「六十年以上昔だから」
「その頃のひい祖父ちゃんはモダンでか」
「婆さんはモカだったのじゃ」
「モダンにモカか」
「それでお洒落してな」
スーツを着てというのだ。
「婆さんも粋なスカートでスカーフ巻いてヒールを履いてな」
「ここでか」
「待ち合わせしてわしが婆さんの背中抱いてな、煙草をくゆらせて」
そうもしてというのだ。
「夜一緒に遊んだのう」
「そんな頃あったんだな、ひい祖父ちゃん達も」
「それを今思い出した」
そうしたというのだ。
「ここに来てな」
「俺にとってひい祖父ちゃんとひい祖母ちゃんってな」
真之介は曾孫として語った。
「もう立派なな」
「爺さん婆さんか」
「九十歳と八十八歳のな」
「婆さんも遂に米寿じゃな」
「そうなったしな」
このこともあってというのだ。
「本当にな」
「年よりの夫婦か」
「ああ、けれど昔はか」
「そうだったのじゃ」
モダンそしてモカだったというのだ。
「昭和のな」
「ひい祖父ちゃんの若い頃か」
「二十代のな」
「二十代ってな」
曾孫はそう聞いてこう言った。
「もう六十年以上前か」
「そうじゃな」
「昭和の何時頃なんだ」
首を傾げさせて言った。
「一体」
「三十年代か」
「もう大昔だな」
「そうじゃあ、今思えば」
「その頃横浜ってどうだったんだ」
「空襲があってな」
二次大戦のそれがというのだ。
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