第二章
[8]前話
「あとよそに四人息子がおった」
「合わせて九人ですか」
「孫は十六人いる」
山川にこちらの話もした。
「そうした」
「そうですか」
「しかしな」
ここでだ、前田は。
達観したそれでいて寂しい顔になってそのうえで言ったのだった。
「九人の子供も十六人の孫も婿も嫁も誰もな」
「来られないですか」
「わしに客が来たことはないな」
こう山川に言うのだった。
「二番目の女房の娘が一番年上でわしをここに入れたが」
「それでもですか」
「それっきり顔を見せん、そして他のな」
「お子さんやお孫さんも」
「婿も嫁も曾孫までもがな」
それこそ血のつながった者全員がというのだ。
「来ん、これがわしの最期だよ」
「そう言うんですね」
「見ての通りな」
今度は自嘲しての言葉だった。
「わしはな」
「どなたも来られない」
「肉親の誰もな、若い頃はもててな」
そしてというのだ。
「そのうえで好き勝手やったが」
「その結果だっていうんですね」
「今のわしはな、もてて好き勝手をして」
悲しい達観に自重を込めて言った。
「その結果がこうだ、若い頃の好き勝手がだ」
「ああ、因果応報ですね」
「そうなった、報いは絶対に受けるな」
こうも言うのだった。
「それが今わかった、わしはこのまま一人で死ぬ」
「じゃあ僕が一緒にいていいですか?」
ここで山川は前田に申し出た。
「一人でもいればいいですよね」
「今のわしは何もないがいいか」
「いいですよ、ずっとここで働くつもりですし」
前田に笑顔で言った。
「それなら」
「そうか、ならな」
「僕でよかったら」
「地獄に仏か」
前田は泣きそうな顔で言った、それから数年彼は生きたがやがて最期の時が来た。この時も子供も孫も婿も嫁も曾孫も誰も来なかったが。
山川が傍にいた、それで臨終の間際に彼に礼を言ってから目を閉じた、若い頃にもてた男の最期はこうしたものだった。
浮気男が歳を取って 完
2023・3・19
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