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『彼』

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彼』が姿を現したのではない。日紅が『彼』を見つけてしまったのだ。『彼』は別に日紅を何か特別な存在だと見て、姿を見せたのではない。なのに(あやかし)たちは勘違いをしている。



 『彼』が日紅を特別なヒトだと見込んで、自ら姿を現したのだと。そして喜ぶ。よかった、よかったなと。いくら『彼』が違うといっても全く聞く耳を持たない。短く限りのある命を持つ日紅を見ようと我先に『彼』に会いに来る。



 それでも、『彼』は日紅と一緒にいるのが嫌なわけではなかった。



 けれど、あいつはーーーー…。



 『彼』はむっと眉を顰めた。



 (せい)、という、あいつ。



 日紅が今よりも少し小さかった頃、あいつをいきなり連れてきた。『彼』は出て行きたくなかったが、日紅があまりにも『彼』のことを呼ぶので、しぶしぶ姿を現した。すると日紅はにっこり笑ってあいつのことを『彼』に紹介するのだ。



 『彼』は犀のことが嫌いだった。出会ったその時から。



 犀は『彼』のことを「月夜(つくよ)」と呼んだ。



 けれど、『彼』はわかる。犀も『彼』のことを快く思ってはいないことを。その呼び声は『彼』に犀のこころとして突き刺さる。



 別に、それはいいのだ。『彼』も犀に好かれようと思ってはいないから。



 日紅は単純に、「二人はいつも仲いいねぇ」などと言っているが、不食(たべず)(ことわり)を無視してでもこのクソ、喰ってやろうかと思ったことも一度や二度ではない。



 勿論、犀も同じことを考えているようで、たまに据わった目で、『彼』を食い殺す勢いで見てくる。



 『彼』は犀が嫌いだ。理由はよくわからない。でもとにかく嫌いだ。生理的に嫌いというのとはまた違う気もするが、嫌いだ。



 犀も『彼』を嫌いだ。何故犀が自分を嫌がるのか、『彼』はわかりそうでわからなかった。



 けれど、犀はわかっていた。自分が『彼』を嫌う理由も、『彼』が自分を嫌う理由も。




















 『彼』がその理由に気づくのは、それから2年の(のち)のこと。
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