ラーメン
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怒の形相で女性はそう吐き捨て、荷物を持って踵を返した。田中にとってこの出来事は人生最大の失敗であり、屈辱であった。言わずもがな、彼のプロポーズも失敗に終わった。
数字に囚われた奴隷は心に深い傷を負い、家路を急ぐ。愛宕橋駅の周辺は喧騒の飛び交う仙台駅とは対照的に蕭条としている。今となっては人目も憚りたい田中の視界にあるものが目に入った。以前見かけたラーメン屋の屋台であった。その店にはまたしても斉藤が満足した表情でラーメンを啜っており、田中は思わず足を止める。
「やぁ、田中君。随分と悲しそうだね。もし良かったら君も食べなよ」
決して田中を馬鹿にするわけでも優位に立つわけでもなく、斉藤は純粋な優しさをその声に乗せる。その声と芳ばしい匂いに惹かれ、田中は屋台の椅子に座る。
「彼と同じものを一つ」
「あいよ」
田中が注文してからおよそ十分後、醤油ラーメンが彼の眼前に運ばれた。見た目も匂いも何の変哲もない、至って普通のラーメンである。出来立てのため湯気が立っており、田中の視覚と嗅覚を刺激する。
「いただきます」
細く切り分けられた麺を透き通ったスープに絡ませ、息を吹きかけて熱気を冷ますと田中は麺を口に入れた。その味わいに田中は涙し、我を忘れて二口目、三口目と息をつく間も無く食べ進めた。
この屋台より高額な値段で提供しているラーメンはこの世界でいくらでもある。しかし、高級レストランの料理では満足できなかった田中はこのラーメンの味に感動していた。
「僕もね、一万もするステーキとか一皿何千円もする寿司とか色々食べてきた。けど、結局はこの屋台の五百円のラーメンが一番美味しいって感じるんだ。物の真の価値は数字じゃ測れないんだよ」
斉藤の柔和な声色から放たれた言葉を聞いた田中は己の常識という監獄から脱出し、心の中で厳格な一族の面を捨てた。
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