ノアの箱庭
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茶色くぼろぼろに擦り切れた紙の束がわたしの手を離れ風と共に飛んでゆく。
どこまでも。
遙か遠く、ひとも誰もなにも届かない彼方へ。
そのさきをわたしはみることができないけれども、ねぇノア。
わたしたち、ずっといっしょね。
わたしの呼吸が止まるまで、ずっとこうしていて。
ノア。
わたししあわせよ。ずっとしあわせ。かなしいことなんてなにもない。
だから、ノア。ノアはノアのいきたいところに、いって…。
わたしたち、待ってるから。いつでも。
ここで、待っているから。
「焼けた?」
「焼けたみたい」
「わぁ…」
小鳥の囁きのような声が広がった。
わたしはカタンと白いトレーを大理石のオーブンの中からとりだした。
トレーの上には三個の長方形のお菓子。バターをパイ生地で挟んで、一番上に紅茶のシュガーをかけたもの。
わたしたちはみんなそれをはじめて見たけれど、マリーは「焼くとパリパリしてとてもおいしいのよ」と言った。だから焼くとパリパリとしてとてもおいしいのだろう。
こんがりと黄金色に焼けたそれを、わたしは紅茶と一緒にみんなに配る。
オーブンは三個。みんなに行き渡るにはすこし、数が足りないみたいだ。女の子たちに先に渡す。わたしのぶんも、あとまわしだ。
さくりと軽い音を立てて噛んで、みんながおいしいと笑う。マリーが言った。売ってしまうなんてもったいないかなと。
でもとわたしは思った。今日の商品はこれなんだから、仕方がない。
わたしは次が焼き上がるまでじっと待つ。そんなに時間はかからない。
日差しは暖かく荒廃した地上を包み、わたしたちにやわらかく降り注ぐ。あちこちに転がる苔生した白い大理石が少し眩しいけれど、それも心地良い。
「本当に、あなたたち『ノア』はすばらしいわ」
髪をかき上げながら、しみじみとマリーが言った。
わたしたちはぼんやりとマリーに目を向けた。
マリーは、いつもそう言う。『ノア』は素晴らしい、どんな貴重な宝石すら及ばない至宝だと。
研究者のマリーからみたらそうかもしれない。
四十年前、戦争を繰り返し、放射能汚染が進み、荒廃してしまった地球では人類の突然変異
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