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ノアの箱庭
ノアの箱庭
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[9] 最初
なきゃ。いま、言わなければ。ノアに。



「ノア、ノアは、自由だよ。行きたいところに行って」



 落ちる瞼を引き上げて言う。



 ノアは目を見開いた。そしてわたしの前で片膝をつくと、わたしの右手を取り、固く握りしめた。



 ノアは泣いていた。



 強い風が吹いた。わたしの左手から、固く握りしめていたはずの旧約聖書が落ちた。



 重く落ちたそれは、ぶつかった拍子に紐が解れたのか、再び吹いた強い風に耐えきれずに、ばらばらと砂と共に風にさらわれて飛んでいった。遠く、とおく。



 砂が瞳と口に入ってくるけれど、もう吐き出す力もない。



「リリー」



 ノアが涙に塗れた声でわたしの名を呼んだ。



 ノアは、きっと、とくべつね。



 わたしは、わたしたちは、目の前でノアが死んでも、『ノア』である他の誰が死んでも、ノアやマリーのようには泣けない。心から悲しみ、嘆くことが出来ない。



 わたしたちはそれでいい。



 でも、ノアは、生きているから。これからも、きっと生き続けて。もし地球が大洪水で覆われても。わたしたちのかわりに、生き続けて。



 海を見に行こうって言ってくれてありがとう。



 わたしを箱庭の外に連れてきてくれてありがとう。



 わたし、しあわせ。ずっとしあわせよ。



 マリー、メアリー、マーガレット、アミ、ジャック、マックス、アレン、ノア。



 箱庭の中は争いもなく、苦しみもなく、宝石箱のように美しい物で溢れていた。



 わたしたち、ずっといっしょね。わたしたちはいつでもいる。あのしあわせな箱庭の中に。



 ねぇ、ノア。



 だから、ノアは生きて。



 きっと、みんなも…
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