暁 〜小説投稿サイト〜
ノアの箱庭
ノアの箱庭
[7/9]

[1] [9] 最後 最初
めに時折こうして涙を流しているに違いない。わたしはそう思った。



 身動きした時に、腿になにか固い物があたって、わたしは旧約聖書を本棚のどこに戻すかをマリーに聞きそびれていたことに気がついた。



 『ノアの方舟(はこぶね)』。ノアがあのとき読んでくれたのはキリスト教やユダヤ教、イスラム教で信仰されている旧約聖書のほんの一部で、そう呼ばれているお話だと言うことを、わたしはついこの前知った。



 辿るのもできないほど遙か昔のこと。地が(すさ)み、人間は悪の心に囚われて暴虐が充ち満ちたとき。



 天から見ていた神はそれに心を痛め、人間を(つく)ったのは間違いであったと嘆き、地と共に生き物全てを滅ぼすことを決めた。



 しかし『無垢な人』であったノアとその家族は生き延びさせるよう、方舟を造り全ての種類の生き物の雄雌一体ずつと食料を積み込むように伝えた。方舟の作り方すら神はノアに伝えた。ノアはそれを忠実に守り、人がノアを嘲笑う中で、数十年から百年もの時間をかけて方舟を完成させた。



 ノアは六百歳になっていた。



 決められたすべての生き物が方舟に乗った七日後、地上は大洪水に襲われた。



 大洪水は四十日四十夜(しとかしとよ)続き、水は百五十日の間増え続けた。



 そして全ての生き物は息絶え、地球は水に覆われた。



 あとには方舟だけが残った。



 ノアは祭壇を作り、供物を神に捧げた。神は言った。



「わたしはもう二度と人のために地をのろわない。もう二度と、全ての生きたものを滅ぼさない。その印として虹を架ける。これを見るたびにわたしはこの永遠の契約を思い出すだろう」



 ノアは大洪水の後、九百五十歳まで生き、死んだ。



 ノアのはなしはここで終わる。



 九百五十歳まで生きたノア。二十歳で死んだジャック。



 わたしはわたしの知るノアを思い浮かべた。聖書に載っているノアではなく、『ノア』としてこの箱庭でみんなと一緒に暮らしている、ノア。



 ノアは、みんなと少し違った。



 ノアはいつもなにかを考えているみたいだった。わたしたちと共に行動しながら、心は遠いところを見ているようで、それがわたしたちとはどこか違った。ノアの瞳には熱があった。生きている光だ。ノアは、『ノア』としてではなく、人として、生きていた。



 自分で思ってわたしは納得した。そうだ。ノアは生きている。だったら、きっとノアはここにいるべきじゃない。この箱庭に。



「リリー!」



 突然激しく肩を揺すられてわたしは
[1] [9] 最後 最初


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ