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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第68話 おかわり 
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「君に原因があるわけではない」

 一瞬、彼女の表情がアントニナとダブったが、彼女はすぐに表情を消した。感情と行動を年齢不相応に制御できるブライトウェル嬢は、アントニナよりも遥かに軍人としての適性がある。間違いなく優秀な下士官にも、優秀な兵士にもなれるだろう。彼女の父親が『アーサー=リンチ』でなければ。

「軍隊とは命令と服従によって成立する。そうでなければ公的機関としての暴力組織の秩序が保てないのだが、構成するのは人間で、人間には感情があり、軍隊はその感情に多大な負荷を負わせ、人格を容易に歪ませる」

 温厚でよき夫よき父よき息子である将兵が、戦地において強姦・暴行・略奪の化身となるのは、いつの世も変わらない。殺し殺される戦場だけではなく、後背地においても命令と服従は、人の心を傲慢に狂暴にそして卑屈にしてしまう。

 軍人として優秀で、しかも均整の取れた体格と美貌の持ち主である彼女は、直ぐに組織内でも注目を浴びることになるだろう。それは彼女の立場を強化するかもしれないが、同時に嫉妬を招く。そして早晩、伏せられた彼女の父親の名前に行きつくことだろう。

「残念ながら我が軍には四〇〇〇万もの人間がいて、ろくでもない奴もそれなりに存在する。君の父親の話を持ち出し、君に理不尽な要求を突きつけるような輩だ。七人前の昼食を作れ、なんてレベルではない。時には地位をちらつかせて暴行すら容認するだろう。だが少なくとも士官になれば、君に暴行を働こうとする人間の数の桁は一つ減る」
「……」
「だから君が軍人を志望するのであれば、士官になることを勧める。専科学校を経由する必要はない。君ならば普通に士官学校を受験すべきだと思う。出来る事なら俺も手伝ってあげたいが、済まない……」
「……なんでしょうか?」

 長々と柄にもない説教で困惑と焦燥と疲労に押しつぶされつつも、父親そっくりのダークグレーの瞳はしっかりと俺の平凡な顔に向けられている。俺は一度唇を噛み締め、それから壁に飾られている時計を確認し、再び彼女を真正面から見下ろして言った。

「今日は六月一日なんだ……」

 なお数次にわたる自由惑星同盟軍士官学校の最終受験願書提出日は、五月三一日である……魔術師は本当に運がよかったんだなと、最後の気力が抜けて床に崩れ落ちそうになった、線の細いブライトウェル嬢の体を両腕で支えつつ俺は噛み締めるのだった。

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