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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第68話 おかわり 
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ナと同じ学年で、つい四ケ月前に同じような事態に遭遇した俺は、口元まで運んだ珈琲をかろうじて噴き出すことなく、ゆっくりとコップごと会議室の机の上に戻すと、天井に向かって大きく息を吐いてからブライトウェル嬢を見つめた。

 高級軍人の娘でありながら、トラバース法にもかかりそうな人生。ちょうどアントニナとユリアンの中間と言った身の上か。彼女を軍属としたのは統合作戦本部人事部の意図で、軍人になることを彼女に強制したわけではない。するようには仕向けているが。

「ブライトウェル兵長、なんで正式な軍人になりたいんだ?」
 アントニナの時と同様、軽い口調で言うと、疲労感の隠せていないブライトウェル嬢の顔が引き締まる。
「君もだいたい察しているだろうが、君が軍属であるのは、君自身の保護を兼ねている。また軍属であれば戦場に出る義務はないし、不参加申請もできる。それを捨ててまで正式な軍人になる理由はなんだ?」
「私の父は軍人でした。しかし民主主義国家の軍人として、もっとも恥ずべき行動をしでかしました」
 そういう彼女の両手はきつく握られる。
「少佐はそれが私の背負うべき罪ではないと言っていただけました。少佐のご信念とお心遣いに正直、私は気持ちが震えました。ですが私個人としてそれに甘えることも、自分の体に流れる血の半分が不名誉の下にあることも、潔しとはしておりません」
「ブライトウェル兵長」
「私は、ジェイニー=B=リンチ、です。私はその名前から逃げたくありません」

 それはまんま統合作戦本部人事部、いや軍全体を覆う悪しき精神主義・軍事マッチョイズム・伝統保守の精神汚染に他ならない。彼女がそれに染まったわけではないのは、一番近いところにいたからわかる。少なくとも彼女がリンチの娘だと知っている司令部において、彼女に『軍人になって父の不名誉を濯げ』とかアホなことを言う人間はいないはずだ。

 では司令部以外の誰かが、彼女にそう吹き込んだのか。同室の女性兵員か、それとも補給部の人間か……いや、まさか……

「イェレ=フィンク中佐とモディボ=ユタン少佐か?」
「違います!」
「ブライトウェル兵長」
「違います! 私個人の考えです!」

 首から下は直立不動、しかし声を上げ首だけは激しく左右に揺らして否定する。だがその行動は、俺の考えを肯定しているも同然だった。これはもう後で二人にはハッキリと釘を刺さなければならない。自己犠牲は美徳であるかもしれないが、それを他人に強要するのは害悪であると。

 俺は席から腰を上げ、彼女の正面に立つと彼女の両肩に両手を乗せた。一八〇センチの俺と、一七〇センチと一六歳の少女としてはやや背の高い彼女。しかし背は高くとも心も体もまだ子供だ。しかも一度、世間から拒絶された経験を持つ。現に俺の両手は、彼女の肩の震えを
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