ベトンの棺
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と思ったが、開かない。
中に人が入って撃つのだし、開かないわけはあるまいと見ると、入口に外からぐるぐると鎖を巻いて鍵がかけてあった。中から、扉があかないように。
儂は一瞬、どういうことなのか意味がわからなかった。
鎖を解いて中に入ると、三人の支那兵が折り重なるように死んでいた。
混乱したまま、次のトーチカを覗いた。
今度は入口に鎖はなかった。かわりに、鎖は中にいた支那兵の足にあった。もう物言わぬ彼の足を、固く床とつなげていた。
それを見た時に、儂は悟ったのだ。これが、戦争だと。
弾を撃った後に出る薬莢は死体が埋まる程山と積み上がっていた。撤退命令が出ても、彼は逃げられるわけもなかった。冷たく暗いベトンの棺の中で、ただ弾を撃つだけのものとして、入れられたのだ。
自分で入ったのか、入れられたのか…。
儂は泣いた。戦争に来て初めて泣いた。後ろから覗き込んだ戦友も泣いていた。肩に手を置かれたが振り返れなかった。
これが戦争と言うことだ。優しさも思いやりも愛情も命も何もかも根こそぎ奪い去ってゆく。死んでいる青年は当時の儂と同じぐらいの年齢で、まだ若かった。親もいるだろう。妻もいるかもしれない。平和だったら、失われなくていい命だ。笑って生きていられたはずなのに。
儂は、終戦後、苦労して日本に戻った。幸せなことに、ばぁさんは空襲でやられもせず、儂も五体満足で会えた。
おまえたちには、これから儂が言うことは、まだわからないだろう。
もしかしたら、一生わからないのかもしれない。これは戦争を体験したものにしかわからないことなのかもしれない。
ただ、二度と悲劇を繰り返さないためにも、これが本当に起こったことで、たった60年前の話だということを、忘れないでほしい。
戦争が起これば、再びくるであろう近い未来のことだということを、おまえたちは、絶対に忘れるな。
何年経っても、何十年たっても、儂はあのトーチカを思い出す。鎖が食い込んだ足は、いくら消そうと思っても消す事が出来ない。
暗く、じめじめと蒸すトーチカの中で、死を定められた青年は、唯一の光源から波と押し寄せる日本軍を見てたったひとり、何を考えたのだろうか。
儂は戦争の本質が、あのトーチカの中にある気がしてならないのだ。
あの、ベトンの棺の中に。
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