前編
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『彼』の言動には、どこか不自然な感じすらしていた。
『待って! あの・・・もう時間がありません。急いでタルタロスから出ないと、影時間が終わってしまいます。』
風花が慌てたように声を上げる。
『気持ちはわかるが、今夜はこれ以上無理だ。ともかく一度引き上げてこい。遅れると君達の方が出口のないタルタロスでさまようことになるぞ。』
バックアップとしてエントランスで待機していた桐条美鶴もそう言い添えてきた。
確かに、このままでは時間的にタルタロスから脱出しそこなってしまう。無謀な探索は危険だ。
『彼』は少し迷った末に「わかりました。」と声を絞り出した。
「タルタロスは影時間にしか存在しない。明日探索しても、ここにいる人間にとっては実質 数十分程度の違いしかないんだ。今は我慢だ。」
真田が『彼』の肩に手を置いて気遣うように言った。
「ええ・・・わかってます。」
『彼』はうなずいたが、その数十分が遭難者にとって命取りにならないとは言えず、後ろ髪を引かれる思いだった。
しかしリーダーとして仲間の安全を考えれば無理なことはできない。タルタロスは何が起きるかわからない非現実な場所なのだ。下手なことをすれば二重遭難になりかねない。
あきらめて全員で手近な転送ポイントへと向かうことにした。
タルタロスという迷宮には奇妙な点が多いが、その一つが転送ポイントだ。
ところどころの階層に存在し、使用するとエントランスに戻ったり、エントランスから移動してきたりすることができる。
1日1時間程度の影時間でも、果てしなく階層のあるタルタロスの探索を効率よくできるのは、ひとえにこの転送ポイントのおかげだ。タルタロス内の迷宮は入るたびにその内部構造が変化して、ナビゲーター無しには攻略が不可能なのだが、こういうところだけは便利にできているのというが実に不思議なことだった。
最寄りのポイントまでたどり着くと、まず天田、続いて ゆかり そして真田と順に転送ポイントに消えていく。
最後に『彼』が足を踏み出そうとしたところで、またあの声″が聞こえてきた。
【私を迎えに来て・・・。】
これまでよりもはっきりした懇願するような声音だった。
慌てて振り向く。その視線の先、通路の奥が白く光っていた。そして、その中に何かが見える。
赤い鳥が舞っていた。
鳥・・・に見えたそれは、よく目を凝らすと赤い和服を着た女性に変じた。
長い黒髪の若い女性が、ゆっくりと舞い踊るように動いている。どこか現実感を欠いた幻想的な姿だった。
『彼』は召喚器を握り締め、反射的に走りだしていた。
(それほど遠く離れているわけではない。すぐに救出すれば・・・。)
ところが必死に走っているのにもかかわらず、一向に距離が詰まらない。焦る『彼』の気持ちをよそに、むしろ遠ざかっているようにさえ見
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