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太助の気風と大久保の器
第四章

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「よいな」
「それじゃあ」
「江戸の酒はまずいがのう」
 大久保は酒の話もした。
「どうも」
「ここは水が悪いですからね」
「だからな」
「米も悪くて」
「それで酒もな」
 米から造るそれもというのだ。
「まずい、しかしな」
「酒は酒ですね」
「飲むぞ、そしてな」
「そのうえで、ですね」
「今日はお主の心遣い受けるぞ」
「初陣のお祝いですよ」
 それから五十年のとだ、太助は大久保に言った。
「言ってるじゃないですか」
「そんなものはいらんと言った」
「全く、本当に意地っ張りですね」
「何度も言わせるな、兎に角すぐに人を呼んで来い」
「ええ、それじゃあ」
 太助は笑顔で頷いた、そうしてだった。 
 人が集まり皆で太助が持って来た海の幸を肴に宴を楽しんだ、それが終わってから大久保は太助を屋敷の風呂に呼び共に湯舟に入りつつ言った。
「今日のこと礼を言うぞ」
「楽しんでくれましたか」
「うむ」
 こう答えた。
「実にな」
「それは何よりです」
「それでお主もか」
「いや、刺身も素揚げも美味かったです」
「それは何より、ではな」
「はい、また持ってきますね」
「初陣の日にか」
 大久保は太助に問うた。
「来年またか」
「そうします」
「そうか、いらぬと言ってもだな」
「そこはもう何度もですよね」
「言い合ったな、ならな」
「またですね」
「その時はこうしよう、わしも歳だが」
 それでもと言うのだった。
「この世にいるまでな」
「おいらの魚受け取ってくれますか」
「そうする、それではまたな」
「ええ、美味い魚をですね」
「頼むぞ」
「それで明日は何を持って来ましょうか」
「鰯じゃ」
 大久保は笑って答えた。
「今日は兎も角じゃ」
「普段はですね」
「それでよい」
 鰯でというのだ。
「何度も言うがわしは槍一筋」
「だからですね」
「贅沢なぞせぬ」
「それで普段はですね」
「鰯でよい」
 この魚でというのだ。
「よいな、それではな」
「明日からまたですね」
「鰯を買うぞ」
「わかりました」
 太助は大久保に笑顔で応えた、そして大久保が風呂から上がると彼の背中を流した。年老いた老人の背中は小さい筈だが太助には随分と大きなものに見えた。その背中をじっくりと流したのであった。


太助の気風と大久保の器   完


                  2021・9・17
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