火山編 十字星を背負いし男達
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を見上げながら、静かに言葉を紡いでいく。
「何百年も昔のことじゃ。……当時の大国から辺境の領土を与えられた、とある貴族がいた。彼は戦場で幾つもの武勲を上げたことで公国としての自治権を認められ、『ユベルブ公国』を築き上げた。その武勲の立役者であり、公国の誕生にも深く寄与していた『始まりの騎士』。それが、ルークルセイダー家であった」
「それは……父上から聞いたけど……」
「……だが、その様子だと詳しいところまでは伝わっておらんのじゃろう? 当時のルークルセイダーに勝運を齎していた、十字星の伝説を知らんということはな」
「なんだって……!?」
それは天に描かれし十字星に纏わる、ルークルセイダー家の失われた伝説であった。
当の嫡男であるアダルバートも聞いたことがないその伝承を語る老人は、その時代を懐かしむかのように目を細めている。
「天の星々が剣の如き軌跡を描きし時、ルークルセイダーの騎士に勝機が訪れん。……その古き伝説はもはや、お前の父ですら知り得ぬことなのであろうな。近しい意味合いの伝承は名残りとして残ってあるようだが、その原型である十字星の伝説を知る者はもう、公国の人間にはおらぬようだ」
「なんだよ、それ。なんで……爺ちゃんがそんなこと知ってんだよ」
「ほっほっほ。長く生きとると、そういう豆知識も頭に入ってくるものじゃよ。古文書にも残っておらんような、古〜い口伝もな」
出鱈目を言っているような目ではない。しかし、なぜそのような話を知っているのか。そう問い掛ける少年に背を向け、老人は軽妙な笑みを溢しながら森の奥へと歩み出して行く。
「お前を助けた理由なんぞ、単に死に掛けている小僧を見掛けたからという巡り合わせに過ぎんよ。今のお前が納得するほどの大層な事情なんぞありはせん。お前が生きている意味が欲しいというのなら、自分で好きに見つけて、好きに決めるが良い」
だが、その言葉が紡がれた時には。長い年月の中で重厚な経験を積み重ねて来た彼の声は、神妙な色を帯びていた。
星空の十字星を仰ぐ少年の背に向け、老人は何者でもなくなった彼に新たな「道」を示す。
「……ただ。例え居場所なんぞなくても、あの公国にいる大切な者達を想う心が今もあるのなら。せいぜい、彼らのための十字星にでもなるが良い。あの星々が描く、夜空の剣のようにな」
「……ッ!」
その「道」を教えられた少年は、頬を伝う雫を拭うことも忘れ、小さな拳を血が滲むほどにまで握り締めていた。涙を溢しながら、それでも決意の色を帯びた力強い眼差しで、彼は独り十字星を見上げる。
何者でもなくなった彼が、アダイト・クロスターとなったのは。それから、間もなくのことであった。
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