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くなる子ですから」
「す、すごいなあ……」
紗夜はずっと、水面を見下ろしている。冷たい海面でも、今の紗夜の顔よりは暖かそうにさえ思えた。
「や、やってみる? 少しは気分がすっきりすると思うよ」
ハルトは紗夜へオールを差し出した。
紗夜は少しだけオールを見やり、黙ってそれを受け取った。
やがて、紗夜は静かにオールを水面に滑らせる。少しずつ、ボートは動いていく。
だが、それはとても遅かった。ハルトよりも。
そして何より、日菜よりも。
「……ッ!」
彼女自身も、日菜に負けたことを認識したのだろう。
ハルトから見ても分かるほど、紗夜は唇を噛んだ。
「日菜はすぐに飲み込めた……もう、あんなに先にいる……それなのに、私は……」
紗夜の手から、オールが離れていく。留め具を軸に、オールは静かにハルトの手元に流れていった。
(気まずい……っ!)
ハルトは顔から冷や汗をかいていた。
そもそも初対面の二人で手漕ぎボートとかどうなんだよとココアを恨みながら、ハルトは漕ぎ続ける。
だが、航路をずれ始めている響、チノ組が少し近づいてきただけで、残りの三組は遥か彼方で激戦ドラマを繰り広げている。風に乗って、「お姉ちゃんを越えるんだ!」「あ! 千鳥(が入ったギターケース)が! 流されていく!」「るんって来た! 勝負はもらったよ!」という声が聞こえてきた。
「いつもああなんです」
突然、紗夜が切り出した。一瞬オールの手が止まったハルトは、漕ぐのを再開しながらも、彼女の話に耳を傾けた。
彼女は、日菜を……日菜ではなく、あくまで日菜の方を眺めながら言った。
「誰よりも飲み込みが早くて、何をやらせても全部そつなくこなせてしまうんです」
「すごいな……天才か」
「天才……」
その言葉に、紗夜は唇を噛んだ。
そのまま俯く彼女を見て、ハルトは言葉を紡いだ。
「天才って言葉が、嫌い?」
「……ええ。嫌いよ」
彼女の眼差しに、闇が宿る。
「でも……間違いなく、日菜は天才なんです。飲み込みも速くて……私には、何もないのに……」
「……うん」
「今、日菜はパステルパレットっていうアイドルで活躍しているけど……もともとあれは、私が始めたギターを真似して、私を追い越していったからなんです」
「そうなんだ……今、君はギターは……?」
「やめました。日菜に負けたからっていうのもありますけど……音を奏でるのが虚しくなって……」
「そっか」
「それ以外も……勉強も、スポーツも……何もかも、日菜がやっていることは私の後追いだけでしかない……高校生になったら、互いに干渉しないはずだったのに」
「もしかして、距離の取り方っていうか、接し方が分からなくなってるの?
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