夢海、夢見る
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の前に回った。夢海は眼を薄く閉じて、微動だにせず立っている。
三島が彼女の肩を揺すると、夢海は膝を折ってその場に崩れ落ちた。もう五時間以上こうやっていたのだ、仕方ないだろう。彼は夢海のことを冷たく見下ろしながら「おい。起きろ」と悪びれる様子もなく言った。夢海はよろよろと立ち上がり、辺りが真っ暗になっていることを知って困惑していた。
「あれぇ? 三島くん、どうしたの? こんな時間に」
彼女が抱いていた本を、三島はかすめ取り、それを書架の中へ適当に押し込んだ。
「……そんな事はどうでもいい。さっさと帰るぞ」
歩き始めた夢海は、その一歩目で激しく転倒した。その時、バランスを保とうと手を伸ばしたせいで、書架の本まで崩れ落ちた。彼女は落ちてきた本を浴びるように受け止めながら「足が痺れてるよぉ」と情けない声を上げる。
渋々といった様子で、三島は落とした本を上下気にせず本棚に押しこんで、高いところにある本を取るための脚立に夢海を座らせた。三島は口を真一文字に結んで、自分の足を揉む夢海を、敢えて視界に入れずに立っていた。
「三島くん。怒ってる?」
「ああ怒ってる」
即答する三島に対して、夢海は「ごめんねぇ……」と項垂れる。彼女が反省しているのは、三島も良く知っている。夢海は心の底から謝罪しているのだ。――ゆえに、彼は腹が立った。反省しているのに、どうして言う事を聴けない。耳にたこが出来るくらい「図書館には行くな」と注意したはずだ。図書館は彼女にとって地雷原のような場所だ。一歩あるくごとに意識を奪われ立ち尽くす。
「お前は意識を失うのが好きなのか?」
我慢できずそう言った。
もちろん本気で訊いたわけじゃない。そう皮肉ったつもりだった。だが帰ってきた返答は、彼の想像を超えていた。
「……そう、なのかもしれない」
夢海は瞳を伏せて、自信なさげに言う。
「はぁ? それ、本気で言ってるのか?」
彼女は立ち上がり、そして、軽く深呼吸すると、書架の間に溜まる闇をしっかりと見据えて「ああいうところに、何かいると思わない?」。
「何かって? 化物とか?」
「ううん。違うの。もっと綺麗で、光ってて、蝶々みたいなもの」
――彼女がその言葉を口にした時、本の裏に何かの気配を見つけた。そう、それはまさしく光の蝶だったのだ。アゲハチョウとは似て非なるものだ。その羽根は黄金の鱗粉を振りまきながら優雅に上下して、二人の目の前を飛び去った。愕然とした様子でその蝶を見送る三島、彼はその視線の先に出現した蝶の軍勢を見つけて、眩しさから目を細める。
こんなにも明るいのに、その光に嫌悪を感じることはなかった。むしろ心地良い太陽の温もりと、どこか懐かしい麦穂の香りが鼻腔をくすぐった。蝶はふたりのことを包み込む。反射的に腕で眼を庇った。彼が再び目を開けたとき、
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