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ゾンビ株式〜パンデミックはおきましたが株式相場は上々です〜
ゾンビ株式
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ゾンビ株式
「それ」が始まってから広がるまで一日も掛からなかった。
氷川はいつも通りに出社して、いつも通りの仕事に従事する予定だった。今日はオリンピックの開催日で、朝のテレビでは盛んに新国立競技場が写されていた。日本各地を回っていた聖火が東京に戻り、氷川が出社する頃に聖火ランナーが走りだし、お昼の休憩をする頃に聖火台へ点灯される予定だ。
氷川はエナメルのパンプスへ、ストッキングが伝線しないように足を入れているときに、背後のテレビから「デンセン」という声が聞こえた。氷川はとっさに振り向くと、リモコンで電源を切った。
危ない危ない、消し忘れるところだった。
念のため折りたたみ傘をバッグに入れながら家を出た。
中央線はがらがらだった。皆オリンピックを見ているのかもしれない。彼女は不思議だった。世の中には走ったり、跳ねたり、取っ組み合ったりするのを見ることが好きな人が、結構いる。
お客との雑談の時にも、オリンピックの開幕式が抽選で当たったとか、柔道では日本に勝ってほしいとか、その手の話が出るが、氷川は愛想笑いしかできなかった。この話の後には必ず「オリンピックが終わったら株が暴落するって本当?」と聞かれるからだ。そんなの誰にも分からないのに、なんで聞いてくるんだろう?
六本木にある彼女のオフィスビルに到着した。投資会社の大手は大田区に多いのだが、ベンチャーは六本木に多い。彼女のオフィスビルは築40年程度の古いもので、1階から7階まで全て証券会社で埋まっている。
エントランス――と呼べるほど立派でもない出入口から、髪を撫でつけた男性が勢いよく飛び出してくる。危うく氷川は衝突しそうになったが、男性は氷川には一顧もくれずに「実家の方は大丈夫なのか?!」と携帯に怒鳴っている。
眉をひそめた氷川だったが、男性が駅の方へ小走りに去っていくのを見て、なんとなく事情を察した。誰か倒れたりしたのかもしれない。彼女は同情を込めてその背中を見送ると、エレベーターを待った。
開いた瞬間、彼女は壁に背中を合わせた。この小さいエレベーターに七人も鮨詰めだったのだ。コップを倒したみたいに人が溢れると、彼らは携帯に何かを怒鳴りながら、やはり小走りに去っていく。
ブラックマンデーでもあったの? 氷川は携帯で相場を確認するが、まだ前場(午前中の取引)も開いていない。ロウソク足も昨日の終値のままだ。氷川は閉じかけたエレベーター扉に手を挟んで開けると、閉じるボタンを押した。扉が閉まっていく。出入口の向こうには、六本木らしい幹線道路と、街路樹の植えられたインターロッキングの歩道が見える。そこを何人もの人が走っていく。彼女は急に不安になり、「開」ボタンに手を伸ばしかけたが、既にエレベーターは上昇を始めようとしていた
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