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愚かな思想家
第一章

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               愚かな思想家
 東大法学部教授丸山眞男はこの時自分の研究室の中で親しいマスコミの者にこれ以上はないまでに苦い顔で言った。
「昨今の運動はおかしい」
「学生運動のことですね」
「サンフランシスコ平和条約や安保闘争の時と違う」
 こう言うのだった。
「極めて暴力的だ」
「今この東大でも起きていますね」
 記者は丸山にこう返した。
「赤軍派だの中核派だの」
「そうだね、私は軍隊は好きではないし」
「ご自身の経験からですね」
「うん、しかし共産主義もね」
 このイデオロギーもというのだ。
「好きじゃないからね」
「以前批判されていましたね」
「共産党は戦争に反対していたね」
 日本共産党、この政党はというのだ。眼鏡が実に似合い髪の毛を横に流して整えたその知的な顔で話した。
「しかし実際にだよ」
「戦争は起こったと」
「第二次世界大戦はね」 
 まさにこの戦争はというのだ。
「起こったしね、戦争は私は二等兵として参加したけれど」
「あの時士官には」
「ああ、志願すればなれたね」
「そうでしたが」
「自分の意志で入ったんじゃないから」
 それだったのだ。
「士官にはならずね」
「二等兵にですね」
「なったけれどね」
「随分とですね」
「嫌な思いをしたよ、だから軍隊は好きでないし」
「あの戦争もですね」
「そう、ファシズムが起こしたあの戦争は」 
 第二次世界大戦も苦い顔で話した。
「批判しているよ」
「ファシズムも」
「全てね、しかし私は共産主義もね」
「批判していますね」
「そう、いいものとは思っていないよ」
「左様ですね、ですが」
 マスコミの者、ある保守系の総合雑誌の編集者はこう言った。丸山とは思想は違うが個人的に付き合いがあり今話をしているのだ。
「彼等はです」
「共産主義だね」
「だから赤軍派だの中核派だの言っています」
「そうだね」
「彼等についてはですか」
「全く賛成出来ない、あんなことをするのなら」
 それ位ならとだ、丸山は話した。
「学んだ方がいい」
「革命よりもですか」
「私はそう思うよ、彼等はね」
「学ぶ方がいいですか」
「革命だと叫ぶよりも」
「そうですか」
「平和条約でも安保でもデモはあった」
 こちらは肯定する口調だった。
「しかしああした暴力を全肯定して暴れる様な」
「そういうものではなかったですね」
「そう、だからね」
「彼等についてはですか」
「ああしたことをするよりも」
「学ぶことですね」
「安保についてはデモはいいが」
 それでもというのだ。
「ああして暴れて主張して」
「何かを壊して争うことは」
「何の意味があるのか」
 眉を曇らせてこの言葉を出した。
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