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蛤女房
第一章

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               蛤女房 
 安房のある海沿いの村に若い漁師がいた。
 名前を吾六という、吾六は真面目で親孝行な男だった、それで村でも評判だった。
 だが嫁がおらず村人達からよくこのことを言われていた。
「吾六さんみたいな人に嫁がいないなんてな」
「おかしいな」
「誰かいないか?」
「いい娘がな」
「隣村で探してみるか?」
「この村はもう年頃は皆嫁に行ったしな」
「まあ嫁のことは」
 その切れ長でよく日に焼けた長方形の顔で言う吾六だった。
「縁で」
「縁があったらか」
「それでか」
「嫁は来るか」
「そう言うか」
「そう考えていて」 
 それでというのだ。
「やっていっているので」
「縁か」
「それ次第か」
「じゃあ良縁を願うか」
「そうするか」
「寺か神社で」
 こう言って黙々と働き続けそうしてだった。
 親孝行もした、父親も母親も村人達も彼に誰かいい嫁が来ないかとその真面目な働きぶりと親孝行を見て思うのだった。
 だがその中でだ、彼が釣りをしている時だ。
 釣り針に大きな蛤がかかった、彼はその蛤を手に取ると。
 その蛤はみるみるうちに大きくなってだった、彼が持てないまでに大きくなってそうして岩の上でだった。
 ぱっくりと開きそこから小さいが目が大きく青い着物を着た女が出て来た。すると不意に磯の匂いがした。
 その女はこう言った。
「あの、吾六さんですね」
「それがどうした」
 吾六は急に蛤から出て来た女に問い返した。
「お前さん急に出て来たが」
「お話が聞いています」
「若しかしてわしのか」
「はい、嫁を探しているそうだが」
「探してはいないがやっぱりな」
 吾六は自分の前に出て来た女に答えた。
「欲しいと思っている」
「そうですね」
「その話は誰から聞いた」
「村の誰もが言っているので」
「それでか」
「海でも聞けました」
「海からか」
 吾六はその言葉にこの女は、と思ったが黙ることにした。蛤から出て来た時点でもうそれはと思ったからだ。
 それでだ、女にそのまま言った。
「わしのところに来たか」
「そうです、それで私もです」
「婿を探しているか」
「丁度そうでしたので」
「わしの嫁になりたいか」
「駄目でしょうか」
「嫁が欲しかった」
 吾六はこう答えた。
「やはりな」
「そうですね」
「周りから色々言われているしな」
「そうですね」
「おっとうやおっかあからもな」
 親達からもというのだ。
「そうだったしな」
「じゃあ」
「ああ、あんたもわしでいいか」
「だから今ここに参りました」
「そうだな、じゃあな」
「嫁にですね」
「なってくれるか」 
 こう女に言った。
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