アインクラッド 前編
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いるのはこちら側ですから。それでは、また何かありましたら何なりと申し付けください」
お互い、最後に社交辞令を残して回線を切断する。雅貴は電話帳を閉じると、またもや吹き出した。今度の場合は、前回のような自分への嘲笑ではなくて (実際にはそれも少し含まれているのだが)、橋本雅貴という人格を偽ることにずいぶんと慣れきった自分への苦笑だった。
雅貴は本来、今のように喋る性格ではない。学校を辞めてからは他人と話すこと自体が珍しいことだったし、他人と話すことに意味が無いとさえ思っていた。そして、その考えは今でも変わっていない。
しかし、世の中には意味の無いことも必要に迫られればせざるを得ない。量子物理学界に入れば他の学者たちとディスカッションをしなければならないし、ホワイトハッカーとしての仕事も依頼者と話をする必要がある。相手が大企業だったり、もしくは国だったりする場合は尚更だ。だから雅貴は仕方なく、自分を作り出した。“ビジネスモード”とでも言えばいいのだろうか、雅貴は仕事の話をする際、わざとおどけたような調子で喋っていた。この方が、相手に自分の心を読まれにくいからだ。特に菊岡のようなタイプと話す場合は自分の本心を相手に見せることは厳禁だし、何より他人から見たら無味乾燥であろうビジネスライクなこの距離が、雅貴にとっては心地よかった。
雅貴は口元の歪みを直すと、スマートフォンの画面に表示されているデジタル時計に目をやった。よく言えばシンプルな、悪く言えば非常に素っ気無いオフホワイトで表示されている4つの数字は、只今の時刻が12時7分であると告げている。雅貴はアラームを12時50分に設定すると、スマートフォンをテーブルの上に置き、仰向けのまま手を頭の後ろで組んだ。無機質なベージュ色の天井のちょうど中心にLEDの照明が、まるで自分を誇示するかのように鎮座している光景を、まぶたを閉じることによって強制的にシャットダウンする。睡魔が作り出す心地よいまどろみを味わいながら、雅貴はゆっくりと意識を投げ出したのだった。
ピピピ、といういかにも機械的な電子音が休んでいた脳を揺り動かし、1秒の狂いも無く12時50分ちょうどに鳴り響いたそれは、雅貴の意識を確実に覚醒へと誘う。雅貴はゆっくりとまぶたを開くと、賑々しい電子音を止めるべく、卓上のスマートフォンへと手を伸ばした。
音の発信源を片手で素早く操作し、鳴り響いていた電子音を止めた雅貴は、念のために画面上部の4つの数字を確認し、時間通りであると分かると、ようやく体を起こし、左手首を右手で掴んで伸びをする。それと同時にあくびが一つ飛び出してまだ拭いきれていない眠気が自己の存在を主張する。雅貴は口元を手で覆いながら立ち上がると、キッチンでマグカップを一つ手に取り、コーヒーメーカーの前に向か
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