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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第53話 揺籠期は終わった
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すことはできない。だがこのキッチンは彼女の戦場であり、少なくとも主が帰ってきた以上、俺が暢気に髭を剃っていい場所ではない。電動剃刀とタオルを片手にキッチンから出ようとすると、背中から声をかけられた。

「少佐殿。少佐殿は何故そこまで熱心にお仕事をされるんですか?」

 キッチンが本来の意図で使われるよう動き始めた音に交わり、かけられたその声には非難というより不満がこめられていた。そしてこの質問を浴びるのは三度目。一人は獄中にありもう一人は遠きマーロヴィアにあるが、いずれも歴戦の軍人からだった。

「何度か同じような質問を受けたことがあるけれど、それほど熱心に働いているように見えるかな?」
「はい」
 手際よく給湯と食材洗浄をこなしつつ、ブライトウェル嬢は顔をこちらに向けずに応えた。
「卑怯者の娘の私が言うのも可笑しいですが、少佐殿の働きぶりは狂気すら孕んでいるように見えます」
「狂気……」
「父も……そうあの父もそうでした。ケリムでもハイネセンでも、遠征や星域哨戒以外でも家に帰って来ないことがありました。官舎で書類を処理していてことも一度や二度ではありません。私や母を顧みない、というわけではないのはわかっていましたが」
「……」
「でも父はああいう卑怯な真似をしました。市民を守るべき軍人が、民間人を見捨てて……少佐、少佐もそうなのですか? そして罪滅ぼしのつもりで私を」
「断じて違う」

 俺は思わずキッチン入口の三方枠を思いっきり平手で叩いて大声で言った。その声に彼女の体はびくりと緊張し、驚愕と恐怖が半々のはじめて見せる表情で俺を見つめる。そのダークグレーの瞳には怒りに震える俺の顔がきっと映っていることだろう。

「君に言うのは酷な話かもしれないが、聞いてくれるか?」
 そういう俺に彼女は水栓を止めて体をこちらに向けると、小さく無言で頷いた。それを了承と判断した俺は、小さく腹の底から息を吐いてから彼女の視線を受け止めるように見つめて言った。
「リンチ少将閣下は民主主義国家の軍人として果たさなければならない義務を怠った。仮に選択肢が『死』しかないかもしれないとしても、だ」
「……」
「それは軍人としての罪であり、非難に値する閣下の罪だ。だが軍組織の根幹たる命令服従の原則に従っただけの閣下の部下と、ただ閣下の家族というだけで世間から非難されることなど断じてあってはならない。それはこの国が自由と民主主義と法治主義の下にある原則どうこうだけでなく、俺自身の心がそれを許せないからだ。まず君を庇うように見える俺の行動は、罪滅ぼしなどという『善意』ではなくただ単に俺自身の信念に従っているだけに過ぎない」

 軍は国家の持つ武器であり、武器である以上、その使用には慎重を期さなければならない。つまり一度下された命令は確実に実行
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