アインクラッド 前編
Prologue
[2/7]
[1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
気と香りを漂わせながら部屋へと戻った。そして、そのまま机の前に座り、今度は机の引き出しの中から、まるでF1に使うヘルメットを縦に真っ二つに割ったような形をしたヘッドギアを右頭に装着し、椅子の背もたれに体重を預けた。
「さてと、始めますか。……リンク・スタート」
呟くと、雅貴は左手を椅子の肘掛に乗せたまま、右手だけでキーボードを操作し始めた。途端に、つい先ほど、2台のコンピューターを使っていたときとは比べ物にならない量の膨大な数字とアルファベットがモニターに表示され、一瞬のうちに画面外へと流れていく。雅貴の右の眼と手はさっきよりもせわしなく動き、だが逆に左手は肘掛の上から1ミリたりとも動かず、左目にいたっては瞳孔が開いている。しかし雅貴は気にも留めず、ただ黙々と右の手と目を動かし続ける。
やがて、雅貴が作業を開始してから5分ほど経った頃、今まで黒のバックグラウンドに白の文字列を写しているだけだった2台のモニターが、不意に青い光を放ち、赤色の“Congratulations!!”という単語が画面上に躍り出た。雅貴はそれを確認すると、ゆっくりと右頭のギアを外し、ようやく左手を動かした。
「時間の短縮は順調だが……、やはり脳への負担が大きいな。この調子だと、俺でも最大連続使用可能時間は15分ってとこか。……やれやれ、新しいシステムの確立ってのも、中々に面倒だ」
言い終えると、雅貴はコーヒーのカップを口に運び、新着メールと机の上に無造作に積み上げられた手紙とに目を通し始めた。
日本語のみならず、英語やドイツ語、さらにはポルトガル語や中国語などで書かれた手紙やメールはしかし、全てが同じ内容だった。差出人 (この場合、送ってきたのは個人ではないが)はほとんどが大学で、自分の大学がいかなる理念を掲げ、いかに素晴らしい環境を持っており、いかに橋本雅貴という人材を欲しているか、といった、勧誘の文章が書き連ねられていた。だが、真に驚くべき点は、全ての学校が雅貴を生徒としてではなく、コンピューター関連や量子物理学、もしくはその両方の講師として勧誘している点だった。しかし一方で雅貴は、一欠片も表情を崩すことなく、読んだ先から手紙をゴミ箱へと投げていく。
彼、橋本雅貴という人物を形容する言葉は、実は少なくない。が、その全ては天才や神童といった、一般人では一生に一度も言われることがない類のものであり、彼がそのように言われ始めたのは、その実ごく最近のことだった。
雅貴がそこまでの頭脳を得たのは、たった四年前。雅貴が中学一年生の冬だった。雅貴とその家族が乗る車に、飲酒運転をしていた対向車が突っ込み、両親は死亡。雅貴は奇跡的に一命を取り留めたが、すぐに異常が現れた。
――記憶が、消えないのだ。
両親が死んだ
[1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ