木綿季
[1/3]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
地下深く。
そんなフロアがあったことなど、彼女と知り合わなければ知ることもなかっただろう。
無数の無菌室のための設備を通過し、可奈美が訪れたのは厳重な病室だった。
外界とは、白い壁で拒絶された部屋。繋がりは、固く閉ざされた扉と、可奈美の前のガラスのみだった。
部屋には大きな装置が設置されており、その手前には、壁と同じくらい白いベッドがあった。無数の装置のみがあったようにも見えるが、その下には小さな肌色……人の姿があった。
「木綿季ちゃん?」
ガラス越しに、可奈美は声をかけた。木綿季という声に、装置の中の人影は口を動かした。
『可奈美さん?』
その声は、肉声ではない。可奈美のすぐ近くにある装置より聞こえてきた。
「そうだよ。可奈美だよ」
『……! 本当に来てくれた!』
装置から発せられる、電子音声。だがそこには、少なからずの喜びが込められていた。
「あ、この前言ってた竹刀あるよ。今日は動けそう?」
『ううん……体が、もう思うように動かないんだ』
「そうなんだ……じゃあ、お話だけ?」
『うん。ごめんね。わざわざ来てくれたのに』
「気にしないでいいから」
そうは言いながら、可奈美は険しい顔で病人の体を見通す。肌色の部分よりも覆いかぶさっている部分の方が多く、それが彼女__木綿季の病状を物語っていた。
「木綿季ちゃん、体どうなの?」
『うん。やっぱり、症状は変わってないよ。でも、そこは気にしないで』
気にする。その言葉を、可奈美はぐっと飲みこんだ。彼女の次の発言が、『それよりもまた剣術教えて』だったからだ。
「うん。それじゃあ、今日は……」
可奈美は、簡単に選んだ流派の剣を披露していく。狭い病室の中、可能な限りの動きで、木綿季はそれに対して歓喜の声を上げている。
『ねえ。可奈美さんには、ほかの剣術仲間とかはいないの?』
「たくさんいるよ。見滝原には来ていないけどね。みんな全国に散らばっているから、今はなかなか会えないんだ」
『そうなんだ……』
「あと、これは鹿島神當流の車の構え、清眼の構え、引の構えだよ」
可奈美は、友の姿を脳裏に思い浮かべながら、その構えをしてみせた。
目を輝かせたような声を上げながら、木綿季は呟いた。
『本当、ボク可奈美さんに会えてよかったよ』
「え? それ言うの、ちょっと早すぎない?」
『だってボク、この体だからね。言いたいことは早めに言っておきたいんだ』
「早めにって……そんな、余命いくばくもないみたいな……」
『あれ? 前言ってなかったっけ?』
すっとぼけたような声音で、木綿季は言った。
『ボク、あと二週間なんだって』
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ