第一章
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幸福な役者
ジュゼッペ=マッチェリーニはオペラ歌手だ。声域はバリトンであり様々な役を演じてきている。
特にヴェルディの役を得意としている。ヴェルディはバリトンにかなり重点を置いて作曲してきた音楽家でありとにかく様々な役がある。
今日彼はリゴレットのタイトルロールを演じた。万雷の拍手でカーテンコールを受けた後で楽屋でマネージャーであるマルコ=ライモンディにこんなことを言った。
「今日の舞台だけれど」
「反省点が何か」
「どうかな」
首を捻りながらメイクを落とし舞台衣装を脱ぎながら述べる。
「歌はどうだったかな」
「よかったと思いますが」
ライモンディはダークブラウンの髪を丁寧に撫でつけた黒い目の青年だ。顔立ちはイタリアの青年らしく明るく端正な感じで背は高くすらりとしている。
マッチェリーニはその彼と同じ位の背で黒いやや薄くなってきた髪に理知的な感じのブラウンの目に口髭と顎鬚がある。身体つきは少し太っている。
ライモンディはその彼、席に座ってメイク等を落としている彼にこう答えたのだ。
「合格点かと」
「だといいがね。ただね」
「まだ何かありますか?」
「リゴレットになっていたかな」
彼はライモンディにこう問うた。
「果たして」
「ルーナ伯爵になっていないかですか」
「昨日は伯爵を演じたからね」
これまたヴェルディの役だ。トロヴァトーレに出て来る主人公の敵役だが実は生き別れの兄でもある、そうした複雑な位置にある役だ。
この役になっていなかったか、マッチェリーニはライモンディに聞くのだ。
「そっちになっていないか」
「なってなかったと思います」
「だといいがね」
とりあえずよかったと言うマッチェリーニだった。
「いや、ヴェルディは色々なバリトンの役があるから」
「確かに多いですね」
「ヴェルディとは何か」
マッチェリーニはヴェルディ論も展開した。
「まずはバリトンだからね」
「よく言われますね」
「実際にそうだよ。それでね」
ライモンディにさらに言う。
「今日のリゴレットの後は」
「明日の予定ですね」
「確かシモン=ボッカネグラだったね」
これまたヴェルディのオペラである。そのタイトルロールを歌うことになっているのだ。
「それだったね」
「はい、その役です」
「あの役も難しいね」
「何というか。ヴェルディのバリトンは常ですが」
「複雑だね」
「役の位置もキャラクターも」
これまたヴェルディの特色だ。ヴェルディのバリトンは役の位置も性格も複雑なのだ。従って演技力や表現力、解釈も要求されるのだ。
このシモンも然りだ。だがマッチェリーニはこう言うのだった。
「いいことだよ」
「いいことですか」
「演じがいがあるよ
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