第三章
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女はその狐を引き摺りながらこうも言った。
「これは私の亭主でして」
「亭主ってことはあんたも」
「そうなのかい?」
「はい、狐です」
まさにそれだというのだ。
「岐阜の稲葉山にいる狐でしたが」
「あの信長公の城のだね」
「そこに数百年二人で住んでいました」
狐は歳を経ると化ける。これは猫と同じだ。
「ところが先日大喧嘩をしまして」
「その亭主とかい」
「この宿六が麓の若い娘にちょっかいを出しまして」
「ああ、それはいけないよ」
吉兵衛は女房狐の話を聞いてまだ引き摺られている亭主狐を見て言った。かなりやられたらしくまだ気を失っている。
「浮気なんかしたらそれこそね」
「実はうちの亭主は無類の女好きでして」
「狐にもそういう奴がいるんだね」
「はい、そうです」
「それであんたは岐阜からこっちまで追いかけてきて」
「探しました。喧嘩の後何処に行ったのか」
話は人間の所帯の話と同じになってきていた。
「それで名古屋に入ったところこのお店の噂を聞きまして」
「それで来たんだね」
「そうです」
「成程ね。話はわかったよ」
吉兵衛も頷き他の店の者達もそうする。
「それでこの旦那さんは逃げてきて退屈凌ぎに悪戯していたんだね」
「悪戯は狐の生きがいですから」
狸もそうだ。こうした化ける生き物はそうするものなのだ。
「それで」
「化けるものは悪戯をするのか」
「狸も同じです」
狐とくれば狸になる。そちらもだというのだ。
「やはり悪戯は生きがいですから」
「まあ大それたものでなければいいが」
吉兵衛は狐や狸はそれ程嫌いではないのでこう言った。
「とにかくか」
「はい、うちの亭主はこれで連れ戻しますので」
叩きのめしそのうえでだというのだ。
「ご迷惑をおかけしました」
「旦那さんを叩きのめしたのは悪戯ではないな」
吉兵衛はこのことを察して女房狐に問うた。
「そうではないのか」
「その通りです。悪戯は狐の生きがいですから」
つまり女房狐もそれはするというのだ。
「私もよく織田信長公と家臣の方々に悪戯をしました」
「よく殺されなかったのう」
織田信長の気質は江戸時代でもよく知られていた。泣かぬなら殺してしまえ不如帰である。
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