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呉志英雄伝
第十一話〜別離〜
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は致しましたが、そもそも出来ることなどほとんど皆無でございました…」


そう言うと医師はその場を辞した。
歩き去る後ろ姿は小さく、酷く弱々しいものだった。
彼がその場を去った後、焔は我が子が眠る部屋の中へと入り、ゆっくりと戸を閉めた。








「この莫迦息子は…」


目尻に雫を湛え、焔は愛おしげに眼を覚まさぬ江の髪を梳く。
本来励まさなくてはいけないはずの焔も、何故か今口から付いて出るのは我が子を叱咤するものばかりであった。


「…あなたはどうして、そう何でも一人で抱え込むの?そんなに私が、私たちが頼りにならないのかしら?」


彼にかけられた毛布が強く握りしめられる。


「貴方がいなくなったら、私は姉様に何て言えばいいのよ…私たちはどうすればいいの…」


毛布を数滴の雫が叩く。
母子二人だけの部屋。
答えが返ってくることはないと分かっていながらも、母は子に対して疑問を投げかけ、涙することしかできなかった。



一頻りの独白を終え、焔は部屋を辞する。
今は他にやることが山ほどあるのだ。いつまでもここに居座るわけにはいかない。
後ろ髪を引かれるような思いで執務室へと向かう焔。
彼女にとってその道のりは、いつもよりも長く遠く感じられていた。











「すまなかった」


―長沙城・玉座の間―
帰還してから一月。そこには疲弊した面持ちの将兵らと、そして彼らの君主である桃蓮がいた。当然その場には江はいない。
皆を集め、前に立った桃蓮は開口一番謝罪の言葉を口にした。


「…私の油断だった。その結果多くの優秀な部下を失い、更には柱石すらも失おうとしている」


将兵らの脳裏には傷ついた江の姿がよぎる。
本来君主が頭を下げることなど、全力で制止するところなのだが、いかんせん衝撃から未だ立ち直れない面々は反応もどこか虚ろであった。


「それは過ぎたことよ。いつまでも悔やんでいても仕方がないわ」


そんな陰鬱な雰囲気が漂う中、凛とした声が場に響く。
声の主は諸将の前へと躍り出る。


「重要なのはこれからどうするのか、でしょう?」


そう言って笑みを浮かべて、桃蓮に目配せをするのは焔だった。
最も桃蓮を糾弾する権利がある焔が、そう言ったのだ。明らかに無理やりに引き出した笑みを浮かべ、赤く腫れた目蓋を白粉で誤魔化した焔が。
その姿に諸将は涙を禁じえなかった。
そして桃蓮もそれは同様だった。軍議の場はしばらくの間、場所違いの雨が降りしきっていた。









「…さて、本題に移ろう」


そう切り出す桃蓮の顔には、先ほどよりも幾分か生気が満ちていた。

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