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公爵の歯
第三章

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「今言っているのはな」
「というと」
「一体どういうことだ」
「あの人のことだな」
「尊大さではないのか」
「あの人のそうしたことは今更言っても仕方ない」
 もうわかっていることだからだというのだ。
「それじゃない」
「じゃあ何だ」
「何のことだ」
「一体何のことを言いたいんだ」
「歯だ」
 記者は自分の口を開けそしてその中にある歯を指差して話した。
「これだ」
「歯か」
「あの人の歯か」
「それのことを言っているのか」
「そうだ、あの人の前歯を見ろ」
 歯の中のそこをというのだ。
「お口を開かれた時にな」
「ああ、そういえばな」
「随分出ておられるな」
「とかく前歯が出ておられるな」
「他の人よりもな」
「随分目立つな」
「それだ」
 まさにというのだ。
「月歯だ」
「そうだな」
「あの方の歯はそれだな」
「月歯だ」
 つまり出っ歯だというのだ。
「あの方はな」
「では月歯公だな」
「そうだな、公爵様だしな」
「これからはそう呼ぼう」
「仇名としてな」
 こう話してだ、彼等は山縣を秘かに月歯公と呼ぶ様になった。その前歯が齧歯類の様な歯であるからだ。
 この仇名は忽ちのうちに広まってだ、巷でも言われる様になった。そして当然ながら山縣の耳にも入ったが。
 彼は料亭で井上馨と政治の話をする中に井上にそのことを言われて言った。
「別にな」
「よいか」
「仇名を言われてもな」
 それでもとだ、井上の四角い顔を見て言った。井上も髭を生やしているが口髭で山縣のものより小さい。
「何かあるかというと」
「何もないからか」
「だからな」
 それでというのだ。
「気にしておらぬしな」
「止めることもか」
「せん」
 一切というのだ。
「何でする必要がある」
「しかしお主歯のことは」
「気にはしておる」
 井上にはっきりと答えた。
「やはりな」
「そうであるな」
「しかしな」
「仇名で言われてもか」
「よいわ、言わせておく」
「好きにか」
「というかな」
 山縣はおちょこの酒を飲みつつ話した。
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