第四章
[8]前話
「君に何かあればだ」
「その時はか」
「何でも言ってくれ給え」
向かい合って座る友に穏やかな声で話した。
「いいな」
「何でもか」
「そうだ、是非な」
「どうして私の為にここまで」
「ここまで?何でもないことだ」
今度の言葉は平然としたものだった。
「別にな」
「そうなのか」
「私は君の友人だ」
それ故にという返事だった。
「友人ならだ、こうした時こそだ」
「助けてくれるものか」
「そうだ、だから気にすることはない」
「こうした時こそか」
「助けるものだ、だから気にすることはない」
「そうなのか」
「傍にいる、何かあったら言ってくれ」
またこう言ってだ、そしてだった。
トスカニーニは沈み込んでいるワルターに彼が好きなワインも出した、そうして自分からグラスにそのワインを入れて彼に勧め自分も飲んだ。
このことが世に伝わると誰もがトスカニーニを絶賛しら。
「それでこそ真の友人だ」
「友人とはマエストロの様にあるべきだ」
「いざという時に危機を救う」
「そうした人間でなければならない」
「友が困っている時に見捨てるなぞ」
「そんな奴は友達でも何でもない」
「その点マエストロは違う」
トスカニーニ、彼はというのだ。
「ただ偉大な指揮者というだけではない」
「素晴らしい友人でもある」
「真の意味で偉大だ」
「偉大な人物だ」
誰もがこう言ってトスカニーニを絶賛した、彼の義侠心と友情に対して。
そしてワルターもだった、トスカニーニが九十歳でこの世を去った時に指揮台に向かいこの時に周りに話した。
「ベートーベンの交響曲第三番をね」
「英雄ですか」
「あの曲をですか」
「振らせてもらうよ、その曲が」
ベートーベンのその曲がというのだ。
「彼への送別の曲だよ」
「友人であるの方への」
「その為の曲ですね」
「そう、あの曲を振って」
そしてというのだ。
「これまでのことについてね」
「花向けにされますか」
「その様にされますか」
「これから」
「そうさせてもらよ、素晴らしい友人への」
こう言ってだった、ワルターは指揮台に立った。そうしてそのうえで友人の為に指揮を振った。彼の友人として。
トスカニーニの義侠 完
2020・3・21
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