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流人
第三章

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「些細なことはです」
「咎められる者がない様にじゃな」
「心配りをすべきなのです」
「それが公方であるな」
「仁の心なくしてです」
「政はあってはならぬな」
「これはこれまでの優れた方々は」
 それこそというのだ。
「備えていたものです」
「仁の心はな」
「かの平入道殿もです」
 平清盛、平家物語で悪名高き彼もというのだ。
「下々の者達には仁を備えておりますか」
「思えば鎌倉殿も九郎判官殿も助けられたしのう」
「逆に鎌倉殿はです」
「自身に従わぬと見ればすぐに滅ぼしたな」
「その結果今の評判です」
 はじめて幕府を開いたというのにその評判は甚だ悪いというのだ。
「ましてや室町の六代様は」
「あまりにも仁の心がなくな」
「世の者達から恐れられるばかりで」
「あの様になられたな」
「はい、やはり政はです」
 何といってもというのだ。
「仁あってです」
「法とな」
「左様です、ですから」
 それでというのだ。
「この度のことはまことによきこととです」
「大老は言うか」
「このままです」
「仁の心を忘れずにか」
「政に励まれて下さい」
「わかった、ではな」
 それではとだ、家綱は正之自分にとっては叔父にあたる彼に微笑んで応えた。
「余は将軍である限りな」
「その様にですな」
「していこう」
 仁の心を忘れない、こう正之に答えた。
 徳川家綱の治世は当初は明暦の大火や由井正雪の乱もあったがすぐに落ち着き非常に穏やかな治世となった。それは大老である松平正之達の働きも大きかったが彼自身の気質もあったと思われる。あまり語られることのない将軍であったがこの二つの話は実にいい。少なくとも彼の世はやがて乱れることはなくなった。それは仁故のことであることは間違いないだろう。


流人   完


                  2020・1・15
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