閑話2 エル・ファシルにて その2
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、士官学校時代の経験と訓練は、充分に教訓として有効だった。
帝国の哨戒艦が同盟艦隊の移動を確認するのに一時間。その進行方向に対して兵力を移動する位置の指示を出し、陣形を崩して移動態勢に入るのに三〇分。艦隊同士がそれぞれの艦の持つ索敵範囲に相互を確認するようになるまでは約六時間。帝国軍の指揮官がよくいる艦隊決戦主義者であれば言うことはない。ヤンは決断した。
「出航しましょう。各船に航法コンピューターのシナリオC九回路を開くよう指示を。惑星エル・ファシル重力圏を出てからは、変針宙点まで各船航法測距以外での通信・発振を禁止」
命令はシースター・サファイアより脱出船全てに伝達され、船団は軍艦と比べてはるかにゆっくりとした速度で惑星エル・ファシルの衛星軌道上から移動を開始する。衛星軌道からまずは内惑星軌道へ、事前に天文台のデータで確認した周期運動する短周期彗星の軌道に乗って一路恒星へ向かう。そこで非周期彗星の軌道に変針後、最大船団速度まで加速した上での恒星を利用した加速スイングバイで、一気に外惑星軌道から跳躍可能な外縁部へといっさんに軌道上を突き進んだ。
船団は帝国軍の哨戒網に一度ならず引っ掛かった。だが内惑星軌道上においてはその軌道が理に則った彗星軌道であることと、レーダー透過装置など人為性を感じさせないことから自然の隕石団であると判断し、意図的に見逃した。加速スイングバイ後の外惑星軌道上では、不審に思っても既に軍艦では追跡不能なまでの速度に達しており、まず民間船が出せる速度ではないと判断して、追跡指示は撤回された。
そして外縁部に到着した脱出船団は恒星間跳躍へと移行し、若干通常から離れた航路を進み、同盟軍の安全勢力圏であるエルゴン星域へ向かうことになる。
エル・ファシル星系を出てからエルゴン星域に到達するまで、実際ヤンは何もすることがなかった。星系内に集中していた帝国艦隊の指揮官は、極めて常識的らしく星域内の他の星系に食指を伸ばすことをしなかった。恒星間跳躍航行を繰り返している状況下では、むしろ同盟領内の航路情報を有している宇宙海賊の方が危険だが、帝国軍との係争地域に好んで宇宙海賊が出てくるわけがない。
結果としてヤンは脱出成功に安堵した民間人達の掌返しに近い賞賛と歓待を受ける羽目になったが、それもヤンが迷惑そうに頭を掻くのを見たフレデリカと、その相談を受けたロムスキーら民間協力者の代表達によって下火となった。もはや決死の脱出というよりは集団移民という状況にまで雰囲気が落ち着いてしまった為、ヤンは艦橋に二四時間詰める必要もなくなり、フレデリカの入れた紅茶を飲みつつ、六時間おきに開かれる連絡会議に顔を出すだけになっていた。
むしろヤンに浴びせられる暴風雨は、エルゴン星域に脱出船団が到着してから始まった。
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