第1部 沐雨篇
第1章 士官学校
003 ファースト・コンタクト
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すが」
「今年きっての怠け者らしいじゃないか。ただ、戦史だけはずば抜けてるって」
「……軍人に、向いてないでしょう?」
ヤンは苦笑とともにそう言った。彼は自分が軍人の士官たるとして真っ当な態度ではないと、自覚していたのだ。だから人からヤンが怠惰を指摘され、非難されることもままあったが、それを粛として受け止めている。ヤンにとっては、戦史を研究することを通じて、自分の好きな歴史研究を続けられればいいのであって、つまり試験や軍事教練は最低限こなせばいいというものなのだ。
「そうか? 俺はそうは思わんけどな。むしろ、面白い奴ほど面白いことをするんじゃないかって、そう思ってるが」
「は、はぁ、それは随分と変わった見方ですね」
「当代一の問題児にそう言われるとはね」
フロルは気を悪くしたようにも見えず、歯を見せて笑った。
「リシャール先輩は、なぜその恰好を?」
ヤンは彼の服装を指摘した。
フロルは今気付いたように、自分の服装に目をやった。
陸戦服など、ヤンは授業の時以外着た覚えがなかった。教練がない時は、基本的に支給された標準制服を着るのが通例なのだ。
「うん? 当番だしな、アンブッシュを見回っているんだがら、この恰好の方が視認度が下がる。ただ見回るんじゃ面白くないから、自主訓練も兼ねて、だね」
「熱心ですね」
言うまでもなく、ヤンは失礼である。
「ま、嫌いじゃないしな、体を動かすことは。それに、鍛えるだけ鍛えた方が、いざという時、生き残れるかもしれないだろ」
「はぁ」
フロルはその気の抜けた応えを聞いても、怒ることはなかった。それどころか、ヤンの応えを聞いてそれを喜んでいるような節すらある。
「ミスター・ヤンはまったくそんな気がないわけか。まぁそれはそれでいいだろう」
士官学校生である限り、基本的に良いわけがない。だがフロルはそれを問題にしていないようだった。
「それって、私が戦史研究科だからでしょうか」
「ん? まぁそんなところだ」
ヤンは知るまでもなかったが、フロルにとってその発言は、ヤンの将来を暗示したものであった。もっとも、ヤンは知るまでもない。
「門限破りは俺もやったことがある。それに、ヤンと知り合ったのも何かの縁だしな、今回は見逃してやろう。この道を抜ければ学校はすぐそこだ。見回りは俺しかいないから、誰にも見つからないはずだ」
「はぁ、ありがとうございます、リシャール先輩」
フロル・リシャールと、ヤン・ウェンリーのその後長きに亘る付き合いは、真夜中の、満月の下で始まったのであった。
***
フロルは調理室の一角を使ってクッキーを焼いていた。時折、その匂いに誘われた候補生が調理室を覗き込み、そこにフロルの姿を見つけると、納得したように去っ
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