第三章
[8]前話
「何っ!?」
「舞台に上がったぞ」
「演出か!?」
「いや、そんな演出は聞いていないぞ」
「これはどういうことだ」
「一体何だ」
「どういうことなんだ」
誰もがこれはと思った、それは当のパヴァロッティもそうであって。
舞台の上で呆然としていた、だが若者はその彼に歩み寄り。
抱き締めた、これには誰もがより驚いた。
「何っ、抱き締めたぞ」
「パヴァロッティを抱き締めたぞ」
「別に悪意はない様だ」
「害を及ぼすつもりはない様だが」
「また急だな」
「全くだ、まさか感動のあまりか」
誰かがふと察した。
「思わず舞台に上がったのか」
「女心の歌に感動してか」
「名唱に感激のあまりか」
「彼を抱き締めたのか」
「パヴァロッティを」
「そうなのか」
流石に若者は止められ舞台から降ろされた、だがこのことは日本のクラシック界の中では騒ぎになった。
そこにいる者達は口々に話した。
「やはりあの名唱故だな」
「パヴァロッティの女心の歌は最高だった」
「素晴らしいなんてものだった」
「ならだ」
「感激のあまりああした行動に出るのも仕方ないか」
「褒められた行為ではないことは事実だ」
上演中の舞台に上がる、これがそうであるのは言うまでもない。
「しかしあれだけの名唱になるとな」
「それも仕方ない」
「それだけパヴァロッティの女心はよかった」
「実際にあれだけの歌はそう聴けない」
「聴けてよかった、実際にな」
「噂以上のものだった」
「ならああした若者が出るのもパヴァロッティが凄いからだ」
ここで結論が出た。
「全くだな」
「あまりにも凄いからそうなった」
「そういうことだな」
「パヴァロッティが凄過ぎたからだ」
こう話してそしてだった。
このことは日本のクラシック界で語り継がれることになった、パヴァロッティがそれだけ素晴らしい歌手でありどれだけ素晴らしい歌を聴かせてくれたのか。
一九七一年のことであり今ではもう昔のことになっている、だがこの話は今も残っている。そう考えるとルチアーノ=パヴァロッティという歌手がどれだけ素晴らしい歌手だったか。そのことを考えずにいられないのではないだろうか。
思わず舞台へ 完
2020・1・12
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