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或る皇国将校の回想録
第五部〈皇国〉軍の矜持
第七十七話 護州軍の進撃
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、だ。

 定康は政治の世界に身を浸してきた。自分が少し前に話した人間を見分ける事は、できた。それも自分より年下の者であれば、猶更に。
 世界がぼやけて揺らぐ、耳は隠々と鳴る。それでもそれだけは鮮やかに――
 激痛が走った。
「何をする!」
 自分が最も信頼する(おとこ)は護州公子の尻を抓りながら叫んだ
「若殿さま!ここはもうだめです、大隊本部の掩体壕に!」
 何を言っているのか定康にもわかった。
「あ‥‥‥あぁ頼む」
 ほんの少し前まではそれこそが、と信じていた。前線でそれなりの危険を冒す事の意味がようやっと定康も理解した。”そうして見せる事こそが”などという賢しらな考えは既に後悔に塗り変わった。しかし、それでも守原定康は前線に立っていた。これは厳然たる事実であった。

 盛り土で偽装され練石と資材で補強された大隊本部が置かれた掩体壕に真っ先に駆け込んだのは常に冷静沈着で通っている両性具有者であった――美女のどこに腕力があるのか、と大隊長が呆然としていたがそれに続き――|彼女≪かれ≫が背負っていた陸軍少将を丁重に下した。
 汗拭うと袖口がひどく鉄臭くなった、汗ではない、軍服にこびりついたもののが何か、分かっていたが、それでも、やはり――。

「さっきまで……話して……」
 そこから先の言葉はなかった。声帯の震えよりもより物理的なものが口から吐き出されたからだ。
 頬のぬめりについてようやく感情が追いついたからであった。大隊本部にいた者達はほぼ全員が匪賊討伐の経験者であり、それを見て見ぬふりをするだけと度量があった
 初陣のものを笑わない礼節は衆民だろうと公爵だろうと例外はなく適用するだけの美風は護州軍にも残っているのだ。




十月十一日 午前第五刻 吼津より西方約十五里 虎喉大橋防御陣地
護州軍司令部参謀長 豊地大佐

 その日の朝、護州軍は静まり返っていた。ほんの半日前の騒動の痕跡は負傷者のうめき声だけだ。
 起き上がろうとしたら兵医と副官にしこたま叱られた兵団司令官は横たわったまま参謀長に問いかけた
「豊地、何故連中は退いた」

 〈帝国〉軍は昨夜、驚くべき速度で撤退を行った。護州軍は追わなかった。
 豊地は〈帝国〉軍を甘く見るつもりはなく、また剣虎兵の夜戦能力を一般銃兵に適用するほど導術万能論者でもなかった。
 そもそもそれ自体は想定の範囲内でしかなかった。単純に吼津に主力をも展開するだけだと思っていたのだ。
 だがそれも違った。彼らは伏ヶ背まで強行軍を行ったのだ。一部の導術将校は弓野に偵察部隊を出している兆候がある、と報告をしている。
「六芒郭で何か動きがあったのかと。それと全方面の攻勢から防衛線を引き下げた可能性もあります――とはいえ予断は禁物です、逆襲に備えて引くべきか
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