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或る皇国将校の回想録
第五部〈皇国〉軍の矜持
第七十七話 護州軍の進撃
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移動用の塹壕の集合体である。
 中隊本部である、と通されたのは土嚢と材木で覆われた掩体壕であった。もはや戦争そのものの姿が変わってきたのだ、と定康にもわかった。
 中隊長と少しばかり言葉を交わし、軽く部隊を視察して戻る、それだけだのつもりだった。

「小隊長は君か」「はい!若殿様」

 名簿を確認すると見知った重臣の息子であった。護州軍である以上は当たり前といえば当たり前である。年は未だ十八、自身より十も下だ。
 定康は人としての歪みを自覚していたが、それでも幾ばくかの苦みを感じるだけの人心はあった。

「勇猛を見せるのは兵の信を得る為だ、無駄死にをするな。兵にも貴様の親にも迷惑がかかる」
 一度も血を浴びたことのない男が一度持ちを浴びたことのない少年に偉そうに訓示を垂れる滑稽さも、それを演じる恥も知っていた。
 唇をゆがめるものが酷薄な自他への嘲笑以外の何かに代わりつつあることを自覚し、定康は頷くと少年は小隊へ戻ろうと踵を返し――彼の世界は激しく揺れ動いた。
 掩体壕ごと空気の膜に定康は殴り倒された。何者かが一拍置いてかばうように倒れ掛かってきた。

 ――畜生、どこから叩かれた。

 起き上がろうともがく、 この数日、雨は降っていないのに自分の頬に滴り落ちる液体はなにか。暗闇の中で観ることができないのは、幸運なのか不運なのか。あぁいや、生き埋めになりかけているのだから不運には間違いない。
 起き上がろうとすると世界が揺れ動いた。
 あぁこれはダメだ、と定康は諦め、どうにか考えを纏めようと眼を閉じた。
「砲兵戦力を伏せていたのか‥‥!」
 定康の呻きは正確ではない。実際のところ、隠していたというよりも準備を行っていた、という方が正確であった。
  地形を利用した騎兵砲の曲射、デュランダールは勇猛であるが猪突猛進なだけではない。彼はアレクサンドロス作戦でも師団規模で河を盾にした第二軍相手に大突破を成し遂げた猛将なのだ。
 彼の配下の騎馬砲兵隊は“小技”を当然のように――それも北領の猛獣使い達が小苗川で見せたものよりはるかに闊達に使いこなした。

 小半刻もせずに崩れた入口の土塊をかき分けて誰かが転がり込んできた。
「定康さま!定康さま!」
 揺り動かされ、眼を開ける。
 ――あぁやっぱりお前か。
 定康はニヤリと笑うと大声で罵った。
「悪いが聞こえん!耳鳴りが酷いしクラクラする」

「お待ちください!」
 華奢に見える外見を裏切る力強さで担ぎ上げられる。
 その時、自分が寝そべっていたところが視界に入った。
 
 あの時、覆いかぶさっていたのは人ではなかった、いや、人であったものだ。軽いのも当たり前だ、何しろ腰から下がないのだから。頭は砲弾の破片により砕かれている。
 それでも、それでも
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