食後のワルツ
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「そら、飲めよ。淹れたてだから気を付けな」
ティーカップとソーサーにティースプーン、シュガーとミルク――そんなお茶会のような優雅さや附属品は一切なく、わたしがいつも使っているマグカップが目の前に差し出された。両手で受け取ったそれは確かに熱かったので、テーブルの上へ一旦置いておこう。
赤味が綺麗な水面から視線をずらせば、横に立っている彼の左手にはこれまた専用のマグカップが湯気を躍らせていた。座らないの? 首を傾げたわたしに何を言うでもなく、伸びてきた男の指が豪快に口周りを拭ってゆく。残っていたビスケットの破片が地味に痛い。大人しくされるがままに撫でくり回されると、満足したらしい彼も腰を落ち着けカップの縁に口を付けた。
「あー……少し苦いな。蒸らしすぎたか」
眉間に一本、皺が寄っている。つられて自分のマグを手に取り、気持ち多めに息を吹きかけてから一口分をそっと飲み込んでみた――言うほど苦いとは感じない。不思議に思いつつカップを傾ければ、無理はするなと気遣いの声がした。
「今日のもおいしいよ、ありがと」
「そうかい。どういたしまして」
実のところ、わたしは一等好きなのだ。他の誰とお茶をするより、彼と過ごすこの時間が。気紛れで淹れてくれる彼の紅茶は、濃かったり薄かったり、今回のように少し苦かったりして、それは料理で言われるような家庭の味に似たものを感じて微笑ましい。わたしのためだけに、用意されたもの――今までに一度だってまずいと思ったことはないのだ。
「……やっと笑ったか」
「? そう?」
落としこむような囁きに思わず、頬へ手を添えてみるが自覚がない。どうせならもっと美味そうに食べろという指摘を受けたので、彼にお手本を強請ることにする。丁度残りはあと二枚だ。
ああ、そういえば何故。テーブルのわたし側はこんなにもビスケット生地のかけらが散らばっているのに、向い側は綺麗なままなのだろう?
「あ、」
――答えはすぐに分かった。
単にわたしの方がたくさん食べたからではなく、彼は丸々一枚を口に放り込んでいたからだ。そりゃあ零れるはずもない。味気ない食べ方だなー、なんて偉そうに言ってからわたしも噛り付く。当然、食べ方は今までと同じなのでぽろぽろと新たな破片が増えていった。最後の一枚を飲み込んでからの紅茶は思いの外、苦い。舌を出せば、そらみたことかと彼が笑った。
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