帰還(4)
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に進んだ。
自然、アスナとリズベットを迎える形になったリーファ、シリカ、クラインの間を抜けて、木枠の階段にさしかかった。
「さ……あとは任せるわよ、キリト」
アスナはリズベットに一度ぎゅっ、と抱き締められた。あたしの出番はここまでだと、ばかりにリズベッドはアスナから離れた。
アスナはよろめきながら前に一歩だけ脚を進ませる。だが、次の一歩を進めようとしたとき、雪のせいで脚がすべった。
アスナが思わず宙に泳がせた手を、視界の端から差し出された手がつかまえる。
その手にすがるようにアスナがバランスを整えているとつぶやきが降ってきた。
「アスナ」
手を引かれ一歩踏みだし、扉の前に誘われたアスナは声の主に顔を向け、息をのんだ。
どうしてキリトが顔を見せたくなかったのか、分かってしまったからだ。
――キリト、くん。
慌てていたせいだろう。涙の滴がキリトのおとがいのあたりに残っている。一見奇妙に見えたあの血ぶりの行動は、きっと涙を払う為のものだったのだ。あいにくと盛大に失敗しているようだが。
温めたミルクのような、――胸に暖かくて甘いものが心の器に注がれていく。
同じ思いでここに立ってくれているキリトの気持ちが、うれしくてたまらない。
――キリトくん……!
指先から流れてくるキリトの体温すら、愛おしい。
ずっと、ずっと、ずっと握っていたい。
そしてアスナはキリトの涙に気づかないふりをしながら言った。
心の中に浮かんだ、これから何度も、何度も口にするはずの言葉を。
「やっと帰ってこれたね……ただいま、キリト君」
一瞬の間があって、キリトが片頬をつりあげる。
「おかえり。さあ――鍵、頼むよ」
キリトに促され、アスナは扉に向き合い、鍵を鍵穴に差し込んだ。
鍵穴には複雑な仕組みはない。錠前と一対の鍵を差し込み、まわすだけで錠前ははずれてしまう。
だがその、鍵を回す動作を行うのにアスナは何度も深呼吸を繰り返さなければならなかった。
「ホーム」の扉をもう一度だけ眺める。
――待っててくれて、ありがとう。待たせてごめんね。
心の中でそう唱え、鍵をまわした。
ことん。
錠前がまわる音が響きわたる。
心地よく胸に落ちたその音を胸に刻みつけ、アスナはキリトの手を握りしめて囁いた。
「おかえり、キリト君」
つないだ手はすぐに握り返してきた。
強く、甘く、淡く。体温をひとかけらでも逃さないように、やさしく、包むように。
「ただいま、アスナ」
応えたキリトの声は、わずかに濡れていた。
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