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或る皇国将校の回想録
第五部〈皇国〉軍の矜持
第七十六話 六芒郭攻略戦(二)
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幕僚は連れていらっしゃらないのですね?」
「警護の者だけだ、幕僚達は明日の攻勢の為に”懸命に”動き回っている、言葉の通りに」
 アラノックの底響きのする声の裏にあるものを感じたのかメレンティンは敬意を持った身振りで返す。

「‥‥わかりました。少々お待ちください」

 この後の事は記録に残っていない――フリッツラ―もメレンティンすらも人払いの対象となった。半刻程の会話は二人のみで行われ、護衛の兵は10間程天幕から離れるように命ぜられていた。
 天幕から出てきた二人は双方ともに酷く深刻な顔をしていた。

「閣下、御戻りになりますか?」「あぁ、戻る」
 年若い中尉が率いる騎兵小隊が護衛である。
 総司令部と第2軍団司令部の間にそれで司令官に何かあるとしたら政治的な暗殺が身内の間で行われる位だ。
 アラノックが幕僚も連れずにこの護衛のみで訪れたことにも政治的な意図がある。
ユーリアもそれは理解している筈だ、とアラノックは考えていた。

「この戦は随分と厳しくなった、兵理としても、それ以上の意味としても」
 ぽつり、とアラノックはこぼす。聞いているのは護衛の中尉だけだ。下士官共は弁えて声が聞こえぬ程度に離れている。

「――ここで死ぬのはまぁ我慢できます、ですがそれで無能の烙印を押されるのは我慢ならない」 
 若い中尉の率直な返答にアラノックは苦笑を浮かべた。この若者も自分を傍に置いている意味を理解している。若手将校の間に混じり、常に声を聴いて回っている。
 アラノックが”無色の将軍”であり続ける為にはそうした人材が必要なのだ。
「何時までも青臭い事を言う。――兵にとっては死後の評価も関係ない。勝って生き残れると信じさせなければ戦えんよ」
 勝って武勲を上げて下士官にでもなれたら農奴身分から脱却する事も夢ではなくなる。これは言ってしまえば〈帝国〉軍という兵に位置する社会の低層階級が、皇帝を信仰する現世利益にほかならない。

「とにかく、この蛮地で〈帝国〉軍が政治のいざこざで無益な犠牲を払う事は――」
 ゴボ、と奇妙な音が将軍の最後の発声となった。アラノックの呼吸を司る器官を粉砕した鉛玉が赤黒い肉片で軌跡を描きながらその肉体を飛び出し彼の最後の言葉もそれと共に噴き出していく。
 呆然とした護衛達の視線からアラノックの姿が消えた。その巨体から想像できない程に小さな音を立てて〈皇国〉内地の東半分を草刈り場とした猛将は地に墜ちた。


  第二軍団長であるアラノック中将はユーリアとの会談を終えた直後に死んだ。
百間南方の林から狙撃された、と推測されているが今に至ってもその犯人は謎に包まれている。
 〈皇国〉本土決戦において飛び交った弾丸の数は数え切れぬ程であるが少なくともその人物が放った一発はその中でも明確に
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