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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第二十一話 馬堂家の人々
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――番犬の飼育係に回されるかもしれないし」
その言葉を聞いて新入使用人は顔を引きつらせて半歩さがった。
――確かに龍州犬は怖いけど剣牙虎よりましじゃないかしらね。
彼が憧れているらしい剣虎兵を思い、くすりと微笑し、柚木は扉をたたいた。
「豊久様、柚木です。起きてください」
『……』
へんじがない、ただのたぬきねいりのようだ。

「大殿様も今日の訓練は休みだと仰せでした。
ですから起きてくださいな」

『後、三刻』

「声を出せるならもう目が冴えていますよね」

『いやいや、眠いとも。朝餉ができたら目が覚めるさ』
 扉越しでも存分に睡眠欲を満たして目を覚ましたのがとても良く分かる快活な声だ。

「はいはい、入りますよ」
『はい、どうぞ』
 二人が部屋に入ると豊久は文机の引き出しを閉め、立ち上がって馴染みの女中を出迎えた。やはりとうに目を覚ましていたらしい。

「豊久様、いつから起きていらっしゃったのですか?」

「ん?俺が気付いたのは“若様の御機嫌は麗しゅうございますかね?”のあたりかな」

「――最初からじゃないですか。それじゃあ、新入りの子を紹介したいって解っていたんじゃないですか?」
――もう少しまじめにして下さいよ。
と柚木が呆れたようにいうが豊久は馬耳東風といった様子で
「まぁまぁ良いじゃないか。客人でもない相手に見栄をはるのも面倒なものなんだよ」
と弛緩した姿のまま小言をあしらっている。
「――で、そちらのお兄さんが新入り君かな?」

「はい、石光元一と申します」
顔を赤らめながらも深々と一礼する石光に豊久は背筋を伸ばし、指揮官らしい朗々とした声で答えた。
「これからは銃後の情勢も厳しくなる。色々と大変だろうが宜しく頼むよ。
私はほんの一月しか居ないがこの屋敷における主筋の末席を汚す者として君を歓迎しよう」
石光は、新任将校の様に背筋を伸ばす。
「はい、新任の身ですがよろしくお願いします!」

「――宜しい、それでは下がって結構」
石光が退室すると豊久は再び弛緩して安楽椅子に身を沈める。
細巻を取り出し、火を着けようとするが即座に柚木に奪われた。
かつて寝ぼけて文机を墨に変えて以来、喫煙室以外では全面禁煙令を祖母と家令頭から布告されているのである。
「それにしても柚木とも久しいな。半年、いや一年ぶりかな? 何というか、そう、瀟洒になった」
にへら、と笑みを浮かべている。さりげなく細巻を取り返そうとするが柚木はその手を抓りあげながらにこり、と微笑む。
「あら、口説いてくださるのですか?」
尤も、その気がないのは柚木には解っている。
 ――駒城の若殿様が育預の女性を実質的正妻に迎えてから使用人の中でも玉の輿を狙う人がたまにいる。将家では珍しく儲けている馬堂家
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