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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第二十話 季節は変わる
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 山崎が意地悪く微笑みながら言う。
「あいにく、後ろ暗い話は船に置いてきたよ、今日のこの身に恥じるものなし、さ」
半ば以上自分に言い聞かせながら軍帽を脱いで髪を整えると、港の隅にいる集団の方まで歩いていく。
祖父の豊長と父の豊守、そして豊久に付き従う護衛兼家令の山崎がいるのみと今更だが将家らしい迎えではない。

「お久しぶりです御祖父様、父上、只今帰還致しました」
「ああ、よく生きて帰った」
 祖父、馬堂豊長が笑顔を綻ばせ、何度も頷きながら答える。
「まったく、お前はそばに置くと目を離すと世話が焼けるし、旅に出すと厄介事を巻き起こす。
本当にお前という奴は……」
 普段は掴み所のない態度を崩さない父でさえ、泣き笑いのような表情になっている。
「申し訳ありません、もう少し早く戻ってこられたのですが」
「お前が後衛だと聞いたときは、死んだものと思っていたからな。生きて帰ってきてくれただけで満足だよ」
 父の言葉に、少しホッとする。
 ――まぁ、名誉の戦死などと喜ぶ人達じゃないからな。悲しんでくれるが死んだ事すらも手札の一枚として扱われるだろう、俺も落ち着いたらそうするだろうし。
 「ありがとうございます」
 それだけの言葉しか交わしていないにも関わらず、互いにひねくれ者だからか、
素直な言葉を示すことに恥ずかしさがあり黙ってしまう。

 祖父の咳払いが虚しくただよう。空気を読んだ山崎が祖父にそっと耳打ちをした。
「まあ、積もる話もあるし、とりあえずは上屋敷の方に帰ろう。」
「うむ、そうだな。豊久も久々の我が家だな」
 祖父が手招きをしながら近くにあった馬車へと乗り込み、父と俺がそれに続き扉が閉められる。
 山崎が馭者台に座り、懐かしい振動と蹄が地面を叩く音がする。
 桜並木が目に入り、家族で桜宴へ行った事を思い出した豊久はふと微笑を浮かべた。
 ――あぁ、そうかもう季節はとっくに春か。
「苦労したな、豊久。久しぶりの内地はどうだ?」
父が優しく声をかけると、豊久も嬉しそうに答える。
「えぇ、本当に帰って来ることができてよかったです。
――漸く、春だとここに座って、初めてそう感じられました」

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