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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第七十四話 虎城防衛線会議
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駒城保胤


 会議を終えた保胤は縦川から南に下り、ちょっとした大店の若番頭風の服装に着替えて街を歩いていた。東州との交易の要衝である牙口湾の港町だけあり、人の出入りが激しく駒州には珍しい港町特有の都会的な距離感がある。故にこうすれば存外気づかれないものだ。
「やあセンパイ、どうですか茶でも」
  だらりとくたびれ、焦点のぼやけた印象を与える男が彼に声をかけた。西州公爵を継ぐ者、西原信置だ。
 年は五つほど保胤が上だが顔づくりの若々しさは保胤の方が優っている。外見で言えば西原の方が上に見えるだろう。
「つきあうよ、明日は東海艦隊との打ち合わせと視察だけだからね。もっと強いものでも」
 あの会議が終わった途端に西州軍幕僚の一人に押し付けられた手紙に従ったところで出てきたのが彼だ。
 それは良かった、と下びれた外套を羽織った中年男は笑った。

「ここは」「値段は普通ですが親父が趣味人でしてね。面白い酒を置いています」
 てくてくとついていくこと数寸、苦労してちょっとした持ち家を購入できた人々が住まう郊外宅地地区と市街中心を結ぶ大通りの半ばほどにある小さな店の暖簾を信置は楽しそうにくぐった
 店はひどく狭かった。客は六人もは入れれば良い程度の広さである。
「西領と皇都の往復が多いだろうに、よくこんな店を知っているね」「仕事をさぼり続けたからですよ。貴方みたいに真面目にやるつもりはなかった」
 一番うまい酒とそれに合う旬のものを二人分お願いします、と信置が親父に頼むと二人は狭い椅子についた
 
 ことり、と出されたのは水晶盃に入った透き通った酒に――丁寧に剥かれた柿だ。
「これは?」「御宅の地元産ですよ、ここは甘党にはたまらないそうで」
 信置は酒をくぴり、と飲むと柿をかじり、目を細めた。

「‥‥へぇ」鋭い酒精が舌を刺す、蒸留米酒だ。それに甘い柿があう。保胤の好みからすれば熟れすぎていたが、それが酒精の強い辛口の酒に程よくあった。確かにこれは面白い。
「ちょっとした話のつまみには最適でしょう?‥‥今日の英サン、どうでした?」「‥‥焦っているようですね」

だろうなぁ、と気の抜けた声で呟き、盃を傾けた。
「故州さんの跡継ぎと接触したらしいですよ、甥御さん」「‥‥」
 
「昨日さ、お山の方に行ったでしょ彼。アレさ、知らなかったらしいですよ、ヒデさん」「‥‥」

「一応ね、例の案件は跡継ぎの彼に委任しているらしいからあまり大っぴらには癒えないようだけど。ま、そういう事だろうね」
「‥‥何故それを私に?」

「それ」「なに?」
「種の周りトロトロに熟れてる柿、好きなの。くれます?」
 ふぅ、とため息をついて信置に向けて皿を押す。
「どうぞ――それで例の山の方だとウチの店の奴もいたはずだけど―
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